

守島基博 一橋大学大学院教授
アンケート結果によれば、人事担当者が考える「企業で働くための一人前の仕事力」とは、@適切な目標と手順を設定するプランニング能力(全体把握力)と、Aそのために他の人に動いてもらうマネジメント能力(関係調整力)の二つが合わさった「仕事のプロデュース力」であった。
では、専門家はこのアンケート結果をどうみるか。また、一人前の仕事ができる人材を育てていくには、人事は今後、どのような視点に立脚して施策を展開していけばよいのか。人材マネジメント研究の第一人者である守島基博氏(一橋大学大学院商学研究科教授)にうかがった。
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ひと言でいえば、いまでは比較的若い層の仕事まで「経営的」になっているからだと思います。
「経営」には、大きく、@戦略を立てることと、A戦略を実行するために人を巻き込んで動かしていくという二つの側面がありますが、いわば、こうした「経営的」な仕事が、若い人たちの仕事にも増えています。営業職でいえば、ひと昔前までは上司や先輩の指示を仰ぎながらお得意様を受け持ち、緩やかに経験を蓄積していくというイメージだったのが、いまでは早い段階から、新規顧客を担当したり、継続顧客がもつ、その時々のニーズを敏感に察知しながら、それを商品やサービスに転換していくことが求められています。
こうした現状を踏まえると、今回のアンケート結果は「さもありなん」という感じです。もちろん、従来から、仕事の全体を見渡して適切な目標や手順を考える「全体把握力」(プランニング能力)や、人を巻き込み、マネジメントしながら課題を達成していく「関係調整力」(マネジメント能力)は重要だったと思いますが、それらの能力は、かつては中堅層以上に強く求められていたものです。経営的な能力を要する仕事が下位層の若い人たちにまで降りてきており、その結果、比較的早い段階から「一人前」であることが求められている−そんな印象です。

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それを、企業人として一人前の仕事ができると認められるための「仕事力」の変化としてとらえるならば、背景には、大きく二つの要因があると思います。
一つは、市場の変化です。“不確実性”が増大し、市場が見えづらくなればなるほど、戦略として、顧客ニーズをきちんと取り込んで、それを商品やサーヒズに転換していくということが企業にとって重要になってきています。プロダクトアウトの時代ではなくなった結果、こうした能力が求められる層が広がってきたとも言えるでしょう。
もう一つの大きな要因は、職場の変化です。いわゆる“混成職場”になって、かつては若い人が担当していたルーチーン的な作業を、パートタイマーや派遣社員などの非正社員が担うようになりました。その結果、極端に言えば入社した日から「ソリューション営業」を期待される。そういう職場の変化も、求められる仕事力の変化に少なからず影響を及ぼしていると思います。


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仕事が「経営的」になっているのに、それに対応できる人材を育成するメカニズムが整っていない−それが多くの企業に共通する実態ではないでしょうか。
経営的な仕事をこなす能力は「経験」によってしか身に付きません。本人が、与えられた課題の中で、@自ら適切な目標や手順を設定し、A人を巻き込みながら課題達成に向けてチャレンジしていくというプロセスを、企業は意図的に作り込んでいかなければなりません。これは昔にあっていまはなくなってしまったというものではなく、私の考えでは、従来から用意できていなかったものです。

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OJTが一つのカギになると思います。ただ、日本の若手社員に対するOJTの多くは、丁寧に一つひとつの作業を教える手取り足取り型か、「俺の背中に付いて来い」というような放任型で、いわばその中間帯にあるような教え方が、いま必要とされています。
教える側が、ある程度本人にエンパワーメントすることで本人自身が考え、チャレンジする環境をつくる。それと併せて、教える側が若い人の仕事ぶりに目を配りながら適宜フォローしていくというような、新たなOJTへの転換が求められます。そうでなければ、上記の意味での、経営的な能力を獲得するメカニズムはなかなかできてこないと思います。

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さらには、経験の蓄積をベースとした「若年層育成プログラム」のようなものを社員一人ひとりについて考えることでしょう。そして、それはもう、「初任配属や配置転換に伴う研修だけで」という話ではないと思います。
企業が若手社員一人ひとりの育成に対して「フルコミット」すること。すなわち、キャリア形成期(formative years)の人材育成に、企業として、その人の成長に積極的に関与していくことが、一人前の仕事ができる人材を育てるうえで、非常に重要になってくると思われます。
一方、企業が育成にフルコミットするなら、若手社員自身もその企業で与えられるもの、勉強できるものを、フルに吸収するという意識が必要です。人によっては迷いもあるかもしれませんが、ある段階までは一心不乱に学ぶと腹をくくってしまうことです。そのうえで一定期間経過後に、必要があれば立ち止まって自らのキャリアを見直す。このような「キャリアの段階設定」と「腹のくくり」、「振り返り」の組み合わせでキャリアを重ねていくことが、個には求められると思います。


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残念ながら、現場はいま「育成的な現場」から「成果評価的な現場」に移行して、チャレンジやサポート、エンパワーメントという側面が段々失われてきています。
人事はまずは、自社の現場で何が起こり、なぜそうなっているのかを把握するところから始めるべきでしょう。その際、現場リーダーへのヒアリングが主な方法になると思いますが、できればその周囲の人たちにも話を聞いてほしい。
その次に注意しなくてはならないのはこうした状況になったのは、「現場リーダーが悪い」または「現場リーダーのマネジメント能力が低い」ということだけで話を終えてしまわないことです。確かにそういう現場もありますが、リーダーがいくら頑張っても克服できない環境的な要因なども結構あります。人の絶対数が少ないとか、部下のほとんどが新人に近く、仕事を少しできるようになった層がいないなど、そうしたリーダーを取り囲む「制限要因」を含めて現場を理解してあげることが、今後の対応を考えるうえで大切になってきます。

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つまり、現場によって状況が異なるので、そこを踏まえた対応でなければ、現場にとっては意味がないわけです。人事としてすべてを個別対応するのは無理でも、ある程度それを前提に対応していかなければ、現場は人事のことを受け入れてはくれません。
例えば「マネジメント能力の開発のために、○○研修をします」とか「評価制度の中に教育・育成の項目を設けます」ということ自体、悪くはないけれども、それだけで済ませてしまってはダメだということです。
もちろん、制度を使って取り組むべきこともありますが、基本的には、@一つひとつの現場で何が起こっているのかをきちんと理解したうえで、A個別対応していくことが、人事としての対応のポイントだと思います。
企業人として一人前の仕事力を備えた人材を育てるには現場の在り様が大切ですが、逆にいえば、人事がどこまで現場に対して個別対応、その場に合わせた支援を行えるかがそのカギを握っているとも言えます。


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仕事力を伸ばすカギは現場での「経験」にあり、その意味では、人事が持っている手段は、実はそんなに多くはありません。育成や配置、評価、処遇などの限られた施策をどう展開していくかに尽きると言ってもいいでしょう。
基本的な考え方は、人事戦略の基本として、「人材の成長」を大前提にすべきだと思います。イメージ的には、今後の人事施策の6〜7割を「人材の成長」にフォーカスすれば、人も組織も変わってくるだろうと思います。
とりわけ「ローテーション」については、人事が育成的な見地から真剣に考えなければならない時代になりました。私は一応「ローテーション新時代」という言葉を使っていますが、機械的に人を動かすイメージが定着した「ローテーション」という言葉自体、実はやめてしまったほうがよいのかもしれません。
一律的なルールに基づく異動や、「仕事に人をあてる」というとらえ方のみでは育成の観点からは不十分です。一人ひとりのニーズを把握したうえで「人に仕事をあてる」という視点が大切だと思います。つまり、「人の潜在性と、それを開花させる仕事のマッチング」を行うプロセスとして、人の異動をとらえる時代になっていると思います。
それによって、例えば、その人の成長曲線に合わせて異動のタイミングを決定したり、本人の必要度や意識に応じてポジションを変えていくなどの非常に個別的な対応が可能になってきます。ここでも、個別対応が原則です。
いまのように、ただ何年かごとに人を動かすだけのローテーションでは、育成的にはほとんど意味がないように思います。 
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人事が人と仕事のマッチングを丁寧に行い、異動を人材の成長と意図的にリンクさせることが第1段階なら、第2段階は、それを本人自身にも考えさせることです。
一律的なローテーションや定期的な配置転換がある中で自己申告制度を設けていても、なかなか機能しません。当事者意識をもって自分自身で成長にコミットするという意識が薄れがちになるからです。そのため一人ひとりが自分なりの時間軸をもって、その中でキャリアを考えていくようにすることが求められます。やや極端な言い方をすれば、人事が現場にローテーションの権限を渡すのではなく、社員一人ひとりにその権限を与える−そんな段階に移っていかなければならないと思います。
もちろん、そのためには、人事による適切なキャリアカウンセリングも重要です。現場には個別対応し、さらには社員一人ひとりの育成にもフォーカスして、部分的にでもその権限を本人に委譲していく。そんな時代がもう来ているのだと思います。


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やや逆説的になりますが、個の「変わる力」や「新しいことを学ぶ力」を形成していくには、企業内に「キャリアの断絶」を意図的に作り込むことが有効だと思います。例えば、それまでずっと営業畑を歩んできた人を、経営企画や研究開発など、キャリアのまったく異なる部署に移すことなどがそうです。すでに多くの企業で行われていますが、それによって、結構“化ける”人が出てきます。
それまでやってきたことがほとんど通じない世界に置かれると、人は新たな仕事のやり方や人的ネットワークを開拓しなければなりません。その場合は当然、新しい仕事の全体を見渡して適切な目標や手順を考えることが緊張感をもって迫られますし、新たに人を巻き込んで動いてもらうことが必要となります。同じ仕事をしていると、仕事のやり方や人的ネットワークはどうしても固定化してきますが、キャリアの断絶を作ることで、改めてそれを活性化させられると思います。
優秀な人材には、例えば30代のうちに一度でもキャリアの断絶を経験させることは、その人が成長するうえで、非常に重要なことだと思います。

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例えば、事業部門とスタッフ部門を行き来させることは有効です。最先端で“飯の種”を生み出している事業部門と、それを統括的、管理的な立場でみるのがスタッフ部門。そこに経営企画部門も含めて行き来させるということが重要と考えます。
その場合、事業部門はできるだけ業績がよくないところがいいと思います。そうはいっても縮小や廃止に向かっている部門では、後ろ向きの仕事が多いのでダメですが、業績が悪いのをどうやって持ち上げていくかという議論ができるところが理想的です。得てして、日本企業ではエリートを花形部門に移しがちですが、そうではなく、立て直しの過程が経験できるような部門に割り振っていくのがよいと思います。


