プロローグ “ヒトの力”をもう一度見つめ直そう

“ヒトの力”をもう一度見つめ直そう

「企業は人」――長く言い古された言葉だが、その重みは今日も何ら変わりはない。

日本生産性本部が行った「JPCマネジメント・イシュー」調査結果(10年8月)によると、最重視する経営課題として「人材育成の強化」を挙げた企業は51.1%と過半数に上っている。また、日本能率協会の『2010年度 当面する企業経営課題に関する調査』では、「日本企業の経営における強みは何か」という問いに対し、回答した440社の経営者は「人材」というキーワードを最も多く挙げている。

低迷が続く日本経済。その行き詰まりを打開するブレークスルーを生み出すのは、やはり“ヒトの力”であることに疑いはない。そこでいま求められているもの――どんな人材を集め、どのような能力を発揮してもらいたいのか。また、そのために人を育て、能力を引き出す「場」となる組織をどのように組み立てればよいか。それらを維持・拡大していくために求められる施策・工夫とはどのようなものか。

直面する課題を並べ直すことは難しいことではない。しかし、そこに新しい答えを見出すためには、各論から論じる前に、いまの組織が求めている“ヒトの力”をもう一度見つめ直すことが必要ではないか。

「仕事ができる」とはどういうことか

今回、私たちが始めたトライアル、「新しい日本の仕事力を生み出そう」プロジェクトでは、この素朴で何より難しい問題に、私たちなりの切り口からチャレンジしてみたいと考える。

まずは原点から考えよう。

そもそも「仕事の能力」とは何なのだろう。個々の仕事のやり方を知っている、それをこなすことができる――それまでと言ってしまえば、一見愚問のようにも見える。それでは「仕事ができる人」とはどんな人材を指しているのか?

普段、職場で何の気なしに「あいつは仕事ができる」「最近の若手(あるいは管理職)は仕事ができなくなった」「あの会社の仕事はいつもきちんとしている」といった言葉が交わされる。そこで言う「仕事ができる」ことの意味は、単に「個々の仕事がこなせる」ということだけにはとどまらないだろう。人事評価票に並ぶ評価項目と評価基準を見渡して、そこにあるいくつかの「○○力」が最も高いレベルにある人が“仕事ができる”のか?

残念ながらそうした人がほとんど実在しないであろうことは、多分誰もが知っている。

一見当たり前に思えてなかなか問い掛けられない、そして実際の答えもなかなか絞り切れない「できる人」「できる組織」が備える『仕事力』とは何か――を問うところからプロジェクトを始めてみたい。

調査レポート 企業で働く仕事力とは? 労政時報クラブアンケートに見る仕事力認識

企業にとって最も重要な資産は「人」。このことに異議を唱える人は少ないだろう。だからこそ人材育成を、となるわけだが、では、そもそもどのような能力を備えれば人は育ったということができるのだろうか。

今回のプロジェクトを始めるに当たって、私たちは、まずこの点をはっきりさせることから始めることとした。企業において仕事をするにあたって必要な能力。一人前の企業人と呼ばれるにふさわしい力。それを人々はどのようにとらえ、認識しているのだろうか。

予断を防ぐため、アンケートはすべて自由回答で記入して頂いた(表1参照)。回答者は労政時報をご購読いただいている人事関連の仕事をされている方々265名。所属企業は従業員規模100名未満から3,000人以上まで、役職も一般職から部長以上まで幅広い方にご回答いただいている(図1/2参照 回答者所属企業分布および役職分布)。
また、予め申し上げておくが、文章中で掲示したグラフの集計は、自由回答を内容の類似性からアフター・コーディング(※)して実施したものであり、回答内容の解釈によってかなりのブレが出てくる。その意味では、選択肢に基づく集計とは異なり、かなり編集部の主観が入った数値化でしかない。その限界をご理解の上で、あくまで概観を把握するための一つの参考としてご覧いただければ幸いである。

(※:アフターコーディングとは、自由に記入された回答を文意や単語によって分類し定量化する調査分析手法のこと)

[表1:各設問の質問文]

設問1
あなたの会社で、新卒入社から若手の段階を卒業して、「一人前」になろうとしている人を思い浮かべてください。すでにいくつかの仕事を経験し、これからさらに新しい仕事が待っています。あなたは、この人にとって必要になる「仕事力」とはどのようなものとお考えになりますか?
(もちろん正解・不正解はありません。お考えのままにお答えください)
設問2
あなたの会社や取引先でも、おそらく、「普通に仕事がこなせる人」が多くを占めていると思います。それでも、若手に限らず時には管理職に対しても「普通はこうやるだろう」とか「なぜこうしないのか」など疑問を感じることがあると思います。仕事の段取りでも出来栄えでも結構です。こうした疑問を感じる機会が実感として増えているか、以前と変わらないかをお答えください。また、「増えている」と感じられる場合、その理由と思われることをいくつでも挙げてください。
設問3
これからご自分が、または同僚や部下、あるいは会社全体として「仕事力」を高めていくためにはどのようなことが必要だとお考えですか。
またすでにそうした目的で、会社や職場として(または人事部門で)取り組み始めていることがありましたら、併せてお答えください。

人事の目から見た「企業で働くための仕事力」とは。では、さっそく、見ていくこととしよう。

仕事力とは一体何か

必要なのは全体を見通す力と関係をつくる力

第一問は「企業人として一人前の仕事力」を問う質問である。どのような能力があったら、若手を卒業し、その企業内で一人前として認められるようになるのだろうか。

個別の表現は様々であったが、大きくいうと、回答は二つの能力「仕事の全体を把握していく能力(全体把握力)」と、それを踏まえ「社内外の人々の関係を調整し、仕事を回していく能力(関係調整力)」に集中する傾向が見られた(図3)。

一方、報連相や業務上の知識などのビジネスの基本的なスキル、あるいはチャレンジ精神や素直さなどの心構えは、一人前以前の能力と判断されたのか、相対的に回答数が少なかった。

仕事の意味がわかってこそプロデュースができる

全体把握力に分類された回答群から代表的な内容をみてみよう。「自分の仕事を語る時に、自分がやっている具体的な行為ではなく、仕事の目的と現状レベルと改善ポイントを語れることが必要」、言い換えるなら「今やっている仕事に対する意味を自分の意思を持って答えられるようになること」(※)。つまり、与えられた仕事をそのままやるということではなく、その仕事にどんな意義があるのか、自分なりに咀嚼する力が重要だということである。

※イタリック体は回答文からの引用。以下同様。


そしてこれを実現するためには「自身の担当の仕事が、部署の業績、ひいては、会社全体の業績とどのようにリンクしていくか」をとらえる視野、「具体的行為から抽象化し、また抽象から具体化することを繰り返す」ロジカルな思考力、そして「与えられた業務に対し、当事者意識を持って積極的に自分のこととして取り組む」姿勢が必要となる。こうした能力があって始めて「仕事をプロデュースする」こと、つまり自分なりの判断で業務を調整し、改善し、一人前の企業人として自律的に仕事をしていく前提が整う。

重要なのは、巻き込み、巻き込まれる力

全体把握力があっても、それだけで仕事は回っていかない。企業の仕事とは社内外の多くの人との協力・協調があって始めてうまくいくものだからだ。この点を指摘しているのが「関係構築力」である。

仕事には、まず、ネットワークが必要となる。「社内外問わず、自ら他人に働きかけ積極的にコミュニケートし、人間関係を構築する力」。「社内人脈作り(タテ・ヨコのパイプ作り)と対外的人脈作り(顧客・ライバル)」。こうしたネットワークがあり、そして「社内外を問わず周囲の人間を巻き込んで、自分の思いと人の思いを融合させながら物事を進めていく力」があってこそ、始めて本当の仕事ができる。「自分の知識・能力の枠を超えた成果をだすためには、社内/社外のリソースをうまく活用することが」必須だからだ。

一人だけの力では、たとえどんなに個人的な能力が高くても、ある程度以上のレベルの仕事をこなすことはできない。「巻き込まれ上手であり、かつ、巻き込み上手であること」こそが、企業において、仕事ができる人の条件なのである。

全体力と関係力は表と裏の関係

誤解してはならないのは、今述べてきた全体把握力と関係調整力は決して二つの分離した仕事力の要素ではない、ということだ。

全体を見通し、仕事の意義を考える作業の中には、当然、「自分が会社組織の中で何ができて、何に貢献できるのか」、つまり人の関係性の中で自分の位置を見定める行為が入ってくるし、関係調整力の中には「業務の利害関係者の気持ちに配慮」した段取り力、言い換えるなら全体の流れの中で関係を考える能力が含まれる。実際、全体把握力と関係調整力の双方に関わる(両方に取れる)回答をした人の比率は全体の22.2%に上る(図4)。


※この図は、自由記入で言及されていた内容を,上記三つの要素に再整理し,さらに複数の要素について言及していた人数・割合とその重なり具合を概観したもの。

考えてみれば当たり前のことだが、一つの仕事を行うということは、規模の大小はあれ、一つの現場を回すということにほかならない。当然そこには全体を見渡し、適切な目標と手順を設定するプランニング能力と、そのために他の人に動いてもらうマネジメント能力の二つが必要となる。マネジメントを欠いたプランニングは机上の空論に過ぎないし、プランニングなしのマネジメントは、ただの暴走にしかならないだろう。
では、こうした能力、プランニングとマネジメントが合わさった仕事をプロデュースしていく力=仕事力は、今の日本企業で確実に育っているのだろうか。次はそれについて見ていこう。

調査レポート 企業で働く仕事力とは? 労政時報クラブアンケートに見る仕事力認識

仕事力は衰えているのか

全体の7割が今の状況に疑問

自分の考える仕事力が「なくなっているのでは」と感じる機会が実感として増えているかどうか。この問いに関して70.7%の人が「増えている」と回答している。自社における仕事力の低下を実に多くの人が経験しているのである(図5)。

今日本の企業の現場に何が起こっているのだろうか。その背景には何があるのか。

人間関係の「薄さ」が問題

問2に対する回答傾向の特徴として、問1で抽出した「全体把握力」と「関係調整力」に関わる回答(全体把握力や関係調整力がないと感じる)比率に対し、ビジネス・スキルに対する回答比率が、41.0%と、非常に高くなり全体の一位となっていることが指摘される。仕事をプロデュースしていく能力より、その前提となるべきスキルのほうが、仕事力不在としては目についてしまっているのである。

具体的な回答として多いのが希薄なコミュニケーションである。「疑問に思っても口に出さない、言わない、など相互の配慮が減っている影響ではないか」「以前に比べて人間関係が希薄になってきたからか、『相手の立場に立ったコミュニケーションをとる』、『他者と協力して仕事を進める』ということを苦手にしている人が多い」など。これと相まって指摘が多いのがメールの多さだ。「メールの多用、メールを中心にした仕事の進め方などは、確かに影響があるのかも知れないと思う」。「メールのコミュニケーションだけで意思疎通を済ましている」。
キーボードを打つ音だけが響き、部下と上司、同僚同士の会話がすっかり減ってしまったオフィスの風景が見えてくるようだ。

「近頃の若い者」がいけない?

こう見てくると、人間関係がうまく作れない近頃の若い者がいけない、というよくある議論が頭をもたげてくる。実際、「子供の頃から、工夫や知恵を働かして生活することが減っている」「両親が共働きで、親としての教育を仕切れていない」という声も回答の中には散見される。
だが、それと共に多いのが「部下の育成の視点を持てている管理職が激減」「管理職はマネジメントトとともにプレーイングも行わなければならず、管理面が行き届いていない。コミュニケーションの時間が以前と比べて取れなくなった」「教えてくれる人がいない。環境が整っていない」という管理職のスキルダウンについての指摘(24.5%)。さらにその背景として「成果主義がそうさせていると思う。全般として『短期目標主義』『個人成果主義』の立場で、各人が動く傾向にあるため、おかしな仕事の段取り・出来栄えになってしまうことがあるのではないか」「内部統制強化などにより、業務がより硬直化してきていることが理由の一つ」「リストラ等で一人で担当する業務量が増えており、できばえを検証する時間が不足」と組織の変化、環境の変化を問題視している声も少なくない(組織・社会のありようの変化17.5%)。
変わらないという回答の多くが「特に増えたとは感じません。『最近の若者は』論に近い言いがかりだろうと思います」、「昔も今も優秀な人は優秀だし、そうでない人もそれなりにいたと思う」であることも考え合わせると、安易な若者悪者論は厳に戒める必要があるのではないだろうか。

仕事力の衰えは組織の衰えから

仕事力の中核である「全体把握力」や「関係調整力」より、その土台と言うべきスキルの問題が多く指摘されていること。その中心が人間関係の希薄さであり、さらにその原因として、マネジメント能力の不足、成果主義や行きすぎたコンプライアンス志向、そして不況下の人員削減の悪影響が挙げられていること。これを素直に解釈するなら、仕事力の衰えを7割以上の人が実感せざるを得ない状況になっている本当の理由は、社員個々人の資質というより、企業の組織自体が機能不全を起こしていることに求められるのではないか。
厳しい市況下で収益を確保するために、リストラを行い、あるいは成果主義を導入して労働を強化する。その結果、上司は部下をマネジメントする時間を失い、同僚は他の同僚の都合を、部署は他の部署の動向を気にすることがなくなる。その帰結が、社内の人間関係の希薄化であり、それが仕事力の土台となっているビジネス・スキルの育成が進まない大きな背景となっている。こうしたシナリオが描けそうだ。

また、数は少ないが、仕事力が向上しているという回答の中には「社内の『WAY』(クレドのようなもの)活動の結果(自分の成果重視から、協力・協同へ)だと考える。浸透には、強力なトップダウン、管理職向けの研修、毎日の活動など、膨大な時間と経費をかけた」という声もあった。組織の強化が仕事力の向上という成果を生んだ、という報告である。
仕事力は、その企業の組織の活力を映し出すもの。仕事力の衰えは組織の衰えから、なのである。

調査レポート 企業で働く仕事力とは? 労政時報クラブアンケートに見る仕事力認識

仕事力をつくりだすためには

具体施策を展開しているのは2割程度

問3では、仕事力の向上のために必要と考えていることと、そのために行っている具体施策について聞いた。ここでも多様な意見が寄せられているが、回答の全体としての最大の特徴は、問題意識が高い一方で、具体的にはこの施策をやっているという回答例が意外と少なかったことである(取り組んでいる22.3%、検討中7.2%)。 施策の類型としては、研修会・勉強会を筆頭に、人事ローテーション、キャリア申告、上司・人事部面談、情報共有ミーティング、OJT、意識改革など様々な手法が並ぶ結果となった。(図6)

仕事力は単一の制度からは生まれてこない

特定の具体施策を提示する回答が少なかった最大の理由は、仕事力の向上が、そもそも単一の施策で対応できるようなものではない、ということではないかと考えられる。こうした事情を示すいい例として、次のようなご意見があった。
「人事制度改革を進めているが、制度の形ではなく、むしろ意味を徹底し、運用にいろいろと手を打つことが必要。この認識は一致しているが、組織文化を変えていかなければいけない内容でもあり、なかなか難しい」。
働き甲斐のある活気のある職場こそが仕事力の源だとするならば、特定の人事施策、人事制度の変更だけでそれを実現することは極めて困難だ。他方、逆に考えるなら、これは、どのような施策、研修でも、ジョブローテーションでも、OJTでも、評価制度の改革でも、気持ちが込められ、その気持ちに則った工夫がされていさえすれば、仕事力向上施策になり得る、ということでもある。

特定の施策ではなく、施策全体のあり方、さらには会社組織/風土全体を変えていくことがなければ始まらない。そうした認識が多くの人にあったことが、具体的な施策の回答が少なく、また回答自体もかなりばらけたものになった要因。こう解釈してもそう外れてはいないのではないだろうか。

人材教育とは組織活性化のこと

企業人、あるいは職業人としての仕事力。それは全体を見渡しての適切なプランニングと、それに基づくマネジメントを合わせた、ひとつの仕事あるいは現場のプロデュース力そのものであった。

では、こういった意味での仕事力はどのように育つものなのだろうか。
人間関係の希薄化が仕事力の衰えの大きな要因、という今回のアンケート結果は、この問いかけに対する大きなヒントをはらんでいるように思われる。
仕事力とは、個々のスキルや知識を単に積み上げることから出てくるのではなく、実際の現場で、様々な人間関係にもまれながら多様な問題にチャレンジしていく経験の中からしか生まれてこない。だからこそ、組織のマネジメント力の低下、社内外のコミュニケーションの欠落が、仕事力の衰退に直結してしまうのではないか。
個人が個人のままでいては仕事力は身につかない。組織がまともに動いてこそ個人の仕事力が生まれるのであり、そして、そうした仕事力の掛け合わせとして、組織の、企業全体のパフォーマンスが達成されていくのである。

このことは、仕事力が、実は、その組織の活力そのものの反映であることを意味している。言い換えるなら、仕事力を生み出すには、組織自体の改善が必要となる。
人材教育とは、つまり、組織活性化のこと。これが今回のアンケートから見えてきたひとつの視座である。

インタビュー 「仕事力」専門家インタビュー 1 守島基博一橋大学大学院教授

守島基博 一橋大学大学院教授
守島基博 一橋大学大学院教授

アンケート結果によれば、人事担当者が考える「企業で働くための一人前の仕事力」とは、@適切な目標と手順を設定するプランニング能力(全体把握力)と、Aそのために他の人に動いてもらうマネジメント能力(関係調整力)の二つが合わさった「仕事のプロデュース力」であった。

では、専門家はこのアンケート結果をどうみるか。また、一人前の仕事ができる人材を育てていくには、人事は今後、どのような視点に立脚して施策を展開していけばよいのか。人材マネジメント研究の第一人者である守島基博氏(一橋大学大学院商学研究科教授)にうかがった。

1.若い人の「仕事」が変わった

まずは、人事担当者が上記のような「仕事のプロデュース力」を重視する 背景には何があるのかを尋ねた。

若い人たちの仕事まで「経営的」に

ひと言でいえば、いまでは比較的若い層の仕事まで「経営的」になっているからだと思います。

「経営」には、大きく、@戦略を立てることと、A戦略を実行するために人を巻き込んで動かしていくという二つの側面がありますが、いわば、こうした「経営的」な仕事が、若い人たちの仕事にも増えています。営業職でいえば、ひと昔前までは上司や先輩の指示を仰ぎながらお得意様を受け持ち、緩やかに経験を蓄積していくというイメージだったのが、いまでは早い段階から、新規顧客を担当したり、継続顧客がもつ、その時々のニーズを敏感に察知しながら、それを商品やサービスに転換していくことが求められています。

こうした現状を踏まえると、今回のアンケート結果は「さもありなん」という感じです。もちろん、従来から、仕事の全体を見渡して適切な目標や手順を考える「全体把握力」(プランニング能力)や、人を巻き込み、マネジメントしながら課題を達成していく「関係調整力」(マネジメント能力)は重要だったと思いますが、それらの能力は、かつては中堅層以上に強く求められていたものです。経営的な能力を要する仕事が下位層の若い人たちにまで降りてきており、その結果、比較的早い段階から「一人前」であることが求められている−そんな印象です。

市場と職場の変化が大きな要因

それを、企業人として一人前の仕事ができると認められるための「仕事力」の変化としてとらえるならば、背景には、大きく二つの要因があると思います。

一つは、市場の変化です。“不確実性”が増大し、市場が見えづらくなればなるほど、戦略として、顧客ニーズをきちんと取り込んで、それを商品やサーヒズに転換していくということが企業にとって重要になってきています。プロダクトアウトの時代ではなくなった結果、こうした能力が求められる層が広がってきたとも言えるでしょう。

もう一つの大きな要因は、職場の変化です。いわゆる“混成職場”になって、かつては若い人が担当していたルーチーン的な作業を、パートタイマーや派遣社員などの非正社員が担うようになりました。その結果、極端に言えば入社した日から「ソリューション営業」を期待される。そういう職場の変化も、求められる仕事力の変化に少なからず影響を及ぼしていると思います。

2.仕事力を高めるメカニズム

アンケートでは、自社における「仕事力」の低下を感じる人が7割に及んでいる。理由はさまざまだが、仕事の進め方や育成施策の点など、組織として認識しておくべき問題点はないのだろうか。また、個としてもどのような変化が求められていくのだろうか。

経営的な能力は「経験」によってしか獲得できない

仕事が「経営的」になっているのに、それに対応できる人材を育成するメカニズムが整っていない−それが多くの企業に共通する実態ではないでしょうか。

経営的な仕事をこなす能力は「経験」によってしか身に付きません。本人が、与えられた課題の中で、@自ら適切な目標や手順を設定し、A人を巻き込みながら課題達成に向けてチャレンジしていくというプロセスを、企業は意図的に作り込んでいかなければなりません。これは昔にあっていまはなくなってしまったというものではなく、私の考えでは、従来から用意できていなかったものです。

エンパワーメントとフォローが一体のOJT

OJTが一つのカギになると思います。ただ、日本の若手社員に対するOJTの多くは、丁寧に一つひとつの作業を教える手取り足取り型か、「俺の背中に付いて来い」というような放任型で、いわばその中間帯にあるような教え方が、いま必要とされています。

教える側が、ある程度本人にエンパワーメントすることで本人自身が考え、チャレンジする環境をつくる。それと併せて、教える側が若い人の仕事ぶりに目を配りながら適宜フォローしていくというような、新たなOJTへの転換が求められます。そうでなければ、上記の意味での、経営的な能力を獲得するメカニズムはなかなかできてこないと思います。

キャリア形成期には人材育成に「フルコミット」する

さらには、経験の蓄積をベースとした「若年層育成プログラム」のようなものを社員一人ひとりについて考えることでしょう。そして、それはもう、「初任配属や配置転換に伴う研修だけで」という話ではないと思います。

企業が若手社員一人ひとりの育成に対して「フルコミット」すること。すなわち、キャリア形成期(formative years)の人材育成に、企業として、その人の成長に積極的に関与していくことが、一人前の仕事ができる人材を育てるうえで、非常に重要になってくると思われます。

一方、企業が育成にフルコミットするなら、若手社員自身もその企業で与えられるもの、勉強できるものを、フルに吸収するという意識が必要です。人によっては迷いもあるかもしれませんが、ある段階までは一心不乱に学ぶと腹をくくってしまうことです。そのうえで一定期間経過後に、必要があれば立ち止まって自らのキャリアを見直す。このような「キャリアの段階設定」と「腹のくくり」、「振り返り」の組み合わせでキャリアを重ねていくことが、個には求められると思います。

3.現場とは「個別」に向き合う

ただ、人事としては、いくら企業として、若手にコミットすると言っても、結局「現場がやってくれなきゃしょうがない」という意識があるだろう。実際、育成においては現場の在り様が重要なカギを握ることは間違いないものの、現在の人事は現場との間には距離感があるとも聞く。今後、人事は現場とどのように向き合い、あるいは肩を並べていけばよいのだろうか。

現場を把握することから始める

残念ながら、現場はいま「育成的な現場」から「成果評価的な現場」に移行して、チャレンジやサポート、エンパワーメントという側面が段々失われてきています。

人事はまずは、自社の現場で何が起こり、なぜそうなっているのかを把握するところから始めるべきでしょう。その際、現場リーダーへのヒアリングが主な方法になると思いますが、できればその周囲の人たちにも話を聞いてほしい。

その次に注意しなくてはならないのはこうした状況になったのは、「現場リーダーが悪い」または「現場リーダーのマネジメント能力が低い」ということだけで話を終えてしまわないことです。確かにそういう現場もありますが、リーダーがいくら頑張っても克服できない環境的な要因なども結構あります。人の絶対数が少ないとか、部下のほとんどが新人に近く、仕事を少しできるようになった層がいないなど、そうしたリーダーを取り囲む「制限要因」を含めて現場を理解してあげることが、今後の対応を考えるうえで大切になってきます。

「個別対応」でなければ、現場は受け入れない

つまり、現場によって状況が異なるので、そこを踏まえた対応でなければ、現場にとっては意味がないわけです。人事としてすべてを個別対応するのは無理でも、ある程度それを前提に対応していかなければ、現場は人事のことを受け入れてはくれません。

例えば「マネジメント能力の開発のために、○○研修をします」とか「評価制度の中に教育・育成の項目を設けます」ということ自体、悪くはないけれども、それだけで済ませてしまってはダメだということです。

もちろん、制度を使って取り組むべきこともありますが、基本的には、@一つひとつの現場で何が起こっているのかをきちんと理解したうえで、A個別対応していくことが、人事としての対応のポイントだと思います。

企業人として一人前の仕事力を備えた人材を育てるには現場の在り様が大切ですが、逆にいえば、人事がどこまで現場に対して個別対応、その場に合わせた支援を行えるかがそのカギを握っているとも言えます。

4.「人材の成長」に、施策をフォーカスする

では、企業人として一人前の仕事力を備えた人材を育てることを、具体的な人事施策とリンクさせて考える場合、今後は、どのような考えで、どういった施策を展開していくことが望ましいのだろうか。

人と仕事のマッチングを考える

仕事力を伸ばすカギは現場での「経験」にあり、その意味では、人事が持っている手段は、実はそんなに多くはありません。育成や配置、評価、処遇などの限られた施策をどう展開していくかに尽きると言ってもいいでしょう。

基本的な考え方は、人事戦略の基本として、「人材の成長」を大前提にすべきだと思います。イメージ的には、今後の人事施策の6〜7割を「人材の成長」にフォーカスすれば、人も組織も変わってくるだろうと思います。

とりわけ「ローテーション」については、人事が育成的な見地から真剣に考えなければならない時代になりました。私は一応「ローテーション新時代」という言葉を使っていますが、機械的に人を動かすイメージが定着した「ローテーション」という言葉自体、実はやめてしまったほうがよいのかもしれません。

一律的なルールに基づく異動や、「仕事に人をあてる」というとらえ方のみでは育成の観点からは不十分です。一人ひとりのニーズを把握したうえで「人に仕事をあてる」という視点が大切だと思います。つまり、「人の潜在性と、それを開花させる仕事のマッチング」を行うプロセスとして、人の異動をとらえる時代になっていると思います。

それによって、例えば、その人の成長曲線に合わせて異動のタイミングを決定したり、本人の必要度や意識に応じてポジションを変えていくなどの非常に個別的な対応が可能になってきます。ここでも、個別対応が原則です。
いまのように、ただ何年かごとに人を動かすだけのローテーションでは、育成的にはほとんど意味がないように思います。

本人が自分でローテーションを考える

人事が人と仕事のマッチングを丁寧に行い、異動を人材の成長と意図的にリンクさせることが第1段階なら、第2段階は、それを本人自身にも考えさせることです。

一律的なローテーションや定期的な配置転換がある中で自己申告制度を設けていても、なかなか機能しません。当事者意識をもって自分自身で成長にコミットするという意識が薄れがちになるからです。そのため一人ひとりが自分なりの時間軸をもって、その中でキャリアを考えていくようにすることが求められます。やや極端な言い方をすれば、人事が現場にローテーションの権限を渡すのではなく、社員一人ひとりにその権限を与える−そんな段階に移っていかなければならないと思います。

もちろん、そのためには、人事による適切なキャリアカウンセリングも重要です。現場には個別対応し、さらには社員一人ひとりの育成にもフォーカスして、部分的にでもその権限を本人に委譲していく。そんな時代がもう来ているのだと思います。

5.「キャリアの断絶」が変わる力を生む

一度身に付いた仕事力も普遍的であるとは考えづらい。チャンレンジせず、一定の方法や人的ネットワークの中で仕事をしている限り、陳腐化したり衰えてくることも十分考えられる。
	そこで最後に、人が「変わる力」や「新しいことを学ぶ力」というのはどのようにすれば養うことができるのか。人事としてできることをうかがった。

「キャリアの断絶」を作り込む

やや逆説的になりますが、個の「変わる力」や「新しいことを学ぶ力」を形成していくには、企業内に「キャリアの断絶」を意図的に作り込むことが有効だと思います。例えば、それまでずっと営業畑を歩んできた人を、経営企画や研究開発など、キャリアのまったく異なる部署に移すことなどがそうです。すでに多くの企業で行われていますが、それによって、結構“化ける”人が出てきます。

それまでやってきたことがほとんど通じない世界に置かれると、人は新たな仕事のやり方や人的ネットワークを開拓しなければなりません。その場合は当然、新しい仕事の全体を見渡して適切な目標や手順を考えることが緊張感をもって迫られますし、新たに人を巻き込んで動いてもらうことが必要となります。同じ仕事をしていると、仕事のやり方や人的ネットワークはどうしても固定化してきますが、キャリアの断絶を作ることで、改めてそれを活性化させられると思います。

優秀な人材には、例えば30代のうちに一度でもキャリアの断絶を経験させることは、その人が成長するうえで、非常に重要なことだと思います。

事業部門とスタッフ部門とを行き来させる

例えば、事業部門とスタッフ部門を行き来させることは有効です。最先端で“飯の種”を生み出している事業部門と、それを統括的、管理的な立場でみるのがスタッフ部門。そこに経営企画部門も含めて行き来させるということが重要と考えます。

その場合、事業部門はできるだけ業績がよくないところがいいと思います。そうはいっても縮小や廃止に向かっている部門では、後ろ向きの仕事が多いのでダメですが、業績が悪いのをどうやって持ち上げていくかという議論ができるところが理想的です。得てして、日本企業ではエリートを花形部門に移しがちですが、そうではなく、立て直しの過程が経験できるような部門に割り振っていくのがよいと思います。

エピローグ 新しい日本の仕事力に向けて

「仕事」がより“経営”色を帯びてきた

一人前の企業人として求められる仕事力とは何か――プロジェクトの端緒を開く今回の調査で明らかになったのは、大きくとらえれば「仕事を動かす力」が重要であるという点で、人事担当者の見方がほぼ一致していること。そして、そうした力の低下に関して、また多くの人たちが問題を感じているということである。

ここでいう「仕事を動かす力」とは、自分の仕事や役割、組織の中での位置付けを理解・把握し、自律的に仕事を“プロデュース”することができること。さらに、それらを具体的に動かしていく、あるいは動き続ける組織のミッションに貢献するために、他者との関係の中でうまく“巻き込み・巻き込まれる”力を発揮していくこと――と整理できる。守島氏がインタビューで分析されたように、それは「経営」の二つの側面、戦略の策定と実行という動きとまさに符合し、一人前の企業人に求められる“仕事の形”がその規模の大小こそあれ、より経営的な色彩を帯びる方向に変化している実情を示しているといえるだろう。

仕事力の低下――「力」を育む環境の変化

一方、多くの人が「仕事力が現在低下している」と感じているアンケート回答の背景には、二つの要因が考えられる。一つは、こうした仕事の在り方の変化に対して、個人のスキル・資質的な部分や企業としての育成施策面も含めて、求められるレベルへのキャッチアップが十分できていないということ。そしてもう一つは組織を取り巻く構造的な変化の中で、経験を通じて仕事力を育む環境が損なわれているのではないか――という問題だ。

とても素朴な言い方になるが「仕事を動かす力」は「仕事を動かす経験」なくして身に付けることはできない。それは必ずしも、何らかのリーダーシップをとるということに限らず、少人数または個人の単位であっても、与えられたミッションの目的・成果を見通し、関係する社内外の人々との関係調整を図り、より円滑な手段を選択・実行していくこと――そのサイクルを動かしていくことが「経験」そのものだ。

こうしたシステムを具体化したものこそ、多くの企業が取り入れている目標管理の仕組みである――という人も少なくないだろう。しかし、成果主義的な評価との連動で取り入れられた目標管理システムが、経営者の思惑とは裏腹に、失敗やチャレンジをむしろ歓迎しない方向で運用されている例も少なくないことは、現場リーダーや人事担当者も本音として知っているはずだ。

組織の疲弊が「成長」の先行きに影を落とす

また、いまの組織の中に目を転じるとどうか。若手とベテランの間で教え・教えられ、経験を積み重ねて仕事の幅を広げて成長を促してきた組織の土壌が失われつつある企業も少なくない様子だ。現に、酒席の場までOJTを展開していた団塊ベテラン層の多くが去り、人員と採用が絞られたフラット組織の中で、後輩指導の経験すら少ない人々にマネジメントが委ねられる。その肩には時に、マネジメント以上の重さでプレーヤーとしての成果期待がのしかかる。マネジャーを見上げる部下の目線の先には、「仕事ができる」魅力的なキャリアロールモデルの姿はなく、疲弊しながら頑張り続ける人々への不安ばかりが映っているのではないか。

「仕事を動かす力」を生み出す土壌である組織の疲弊と不安。取りも直さず、それらはいま「人材の成長」の先行きへの不安にもつながっている。

仕事力を生み出す「組織の活力」を どう再生するか

人材育成の目的は、個の社員の能力を高めること――それには何らの異論もない。では、ここでいう仕事力を高めるために、これから何が重要になってくるのだろう。個が知識に接し、教室で実践を体験するOff-JTももちろん大切だ。しかし、その先にある、本当の実践の場である組織・職場に活力と機会が満ちていなければ「仕事を動かす力」を高めることはおぼつかないだろう。アンケート回答でも、仕事力の向上には「組織や風土を変えていくことがなければ始まらない」という意見が少なからず上がっている。

メンバーのチャレンジを引き出す現場リーダーのマネジメント、上司・部下間にとどまらず、役割を分担するメンバーがお互いを巻き込み・巻き込まれる人間関係、それを支える豊かなコミュニケーション――こうした組織がつながり合う企業の中で、伝統的ともいえる「経験」を通じた育成施策、OJTやジョブローテーションにも新たな形が見えてくるだろう。

そのために、企業や人事担当者、現場リーダーが何を変えていくべきか、これからのプロジェクトでその姿をより明らかにしていきたい。