基調講演 変わる仕事・組織・人材
「仕事力」を高める人事戦略と課題を考える
一橋大学大学院 商学研究科 教授
守島基博氏

1.「階層型組織」から「自律型組織」へ

一橋大学大学院 商学研究科 教授
守島基博氏
一橋大学大学院 商学研究科 教授
守島基博氏

市場の多様化やビジネスのグローバル化(現地対応の重要性)などを背景に、「現場」での価値創造が、企業の競争力に大きな影響を及ぼすようになりました。
これまでの組織がもっていた階層型構造や、トップダウン方式での戦略実行では、環境変化に適応しにくくなっています。これからは、現場での発案や顧客価値創造、臨機応変な問題解決を促し、現場が自律的に働く「自律型組織」へと変革していくことが重要です。そうした組織を早く構築できた企業が市場で勝ち残っていけると言えるでしょう。

自律型組織の特徴は、下記の4点です。

  • @ 一人ひとりが、自律的に目標設定して、分散した中で行動する
  • A 組織の統合は、「インセンティブ」と「ビジョン」による
  • B リーダーには、企業家的行動が求められる(戦略構築の重要性)
  • C メンバーには、自律的目標設定と達成が求められる(whatを考える人)

「フラット型組織」と言ってもいいでしょうし、アメリカでは「HPWS(high performance work system)」という言い方がされています。Googleが代表例です。いわゆる「20%ルール」(社内で過ごす時間の20%を、自分が担当している業務以外の分野に使うことを許可したルール)に象徴されるように、Googleでは高度なプロフェッショナル人材が自ら目標設定し、自律的に分散した中で行動します。そして、私が素晴らしいと思うのは、その20%の仕事を、イントラネットを通じてデモンストレーションし、皆がそれを評価し、結果としてそれを組織全体の仕事にまとめていくというプロセスが組み込まれていることです。こうして自律的なアイディアが、組織のプロジェクトになっていくわけです。自律・分散型でかつ、協働する組織。そういう企業こそが、これからの時代において強い企業だと言えます。

その意味で、先ほど、労務行政研究所の仕事力に関するプレゼンテーションにあった、「現場で仕事をプロデュースする能力が重要」との指摘は、そうした傾向を反映しているのでしょう。今生まれつつある組織では、これまでのように上から下りてきた命令を粛々と実行していく人材ではなく、現場できちんと判断し、現場で価値創造をしていく人材が必要不可欠になっているからです。

2.求められる現場リーダーと、日本企業での弱体化の原因

そこで、自律型組織が求められている中で、キーになるのが現場リーダー(ミドルマネジメント)です。それも、単に目標達成への効率性と成果だけを追求する従来型のリーダーではなく、@組織目標達成のための戦略を立てて、Aメンバーを巻き込みながら成果を達成できるリーダー、言うなれば「現場経営者としてのリーダー」が求められています。

このような「現場経営者としてのリーダー」が、組織のあちこちにいる企業が強くなっていくのだと思います。ところが、残念なことに現状日本の組織は、現場リーダーが育ちにくく、機能しにくくなっています。

その背景には、以下の3点が挙げられます。

  • @ 人材育成投資の低下と選抜型育成投資への傾斜配分
  • A 職場の変化による育成機会の減少
  • B 現場リーダーの負荷増大

一つ目は、人材育成費用そのものが削減されてきた実態があります。労働費用に占める教育訓練費の推移をみると[図1]、バブル期の1988年の6000億円をピークに減少し、2002年時点ではピーク時よりも1000億円も少なくなっています。しかも、こうした中で、育成方針が「底上げ重視」から「選抜重視」に移っていきました[図2]。選ばれた人材に集中的に研修費用を投下する一方で、一般の現場リーダーが受ける研修の質と量が減らされてしまったのではないかと、私はみています。

二つ目は、職場が大きく変化したことによる育成機会の減少です。もともと職場は人材マネジメント上、多くの役割を担っています。育成の場であったり、協働の場であったり、さらには癒しの場でもある。私は、これを職場の「オモテ機能」と表現しています。
ところが日本企業では、過去20年間のうちに、成果主義の導入や業績の低迷を受けて採用を手控えたりしたことで、「選別」「競争」「ストレス」といった職場の「ウラ機能」が肥大化してしまいました。私はこの現象を「職場寒冷化」と呼んでいますが、このことが、現場リーダーの育成・成長という面でもマイナスに働いています。
例えば、人の育成においては、その人の実力よりもほんの少し高めのチャレンジングな仕事を与えて、ちゃんと見守って、フォローしていくことが大切です。しかし、成長の契機となるチャレンジ性のある仕事自体が減少してしまいました。ウラ機能が強くなった職場では「確実に成果を出せるか否か」がどうしても重視されるためです。
さらには、採用の手控えにより、職場の中で「育てたことも、育てられたこともない世代」ができてしまいました。上司や先輩から学び、また、後輩を指導する中でリーダーとして成長していくという、リーダー育成には不可欠なプロセスが欠落してしまった職場が決して少なくないのではないかと思います。

三つ目は、現場リーダーの負荷が増大したことです。多くがプレーイングマネジャー化して忙しくなり、職場のまとまりや仲間意識も低下する中で、コンプライアンスやメンタル対応、ワーク・ライフ・バランス、非正規労働力のマネジメントなど、業務量自体が増大しています。しかも、働く人の価値観が多様化していく中で、「見えないダイバーシティ」が広がっています。性別や年齢、人種などは目に見える表層的な違いですが、個々の価値観の違いは目に見えない深層的な違いです。価値観の違いを把握するためには、リーダーが積極的にコミュニケートしていかなければなりません。そのことが現場リーダーに求められるマネジメントの質と量を格段に高く、複雑化させています。

3.「人材開発」から「組織開発」の視点へ

こうした変化のなかで、これからの人事には、人材開発、人材育成とは別の視点、つまり、組織として強くなるために、組織自体を開発するという考え方が必要になってきます。
もともと、組織開発とは、個としてバラバラの人材を集め、組織として機能させるための施策を指します。集まった人たちを一つのまとまった集団に作り込んでいくプロセス−「協働」や「統合」といった作り込みが組織開発なのです。組織開発とはそのプロセスを指します。職場の小集団活動はその典型例と言えるでしょう。
残念ながら、日本ではまだ、組織開発という考え方に馴染みが薄いかもしれません。しかし、欧米では重要な経営機能として認識されており、人材開発はむしろ組織開発の一部と考えられています。
ただ、いまわが国の企業に必要なのは、組織としてのまとまりや一体感のみではありません。過去20年間の組織の弱体化に対して、組織として持つべき強み、さまざまな能力を組織として作り込んでいくこと。すなわち、「組織能力(見えざる資産)」の獲得・維持・向上を図ることがカギとなります。特に、今重要なのは、職場がもつ力を再生させていくことでしょう。
一般的には、「現場」を基点とした「組織能力」には、以下の七つの視点があります。

  • @ 働く人の元気⇒働きがい・働きやすさ
  • A 経営への信頼やコミットメント⇒「フェアネス」の大切さ
  • B 人材力・リーダーシップ⇒獲得、育成、リテンション、仕事の割り振り、リーダーシップ・パイプライン
  • C 文化・価値観の共有⇒理念教育、コミュニケーション、評価
  • D 変化への準備⇒コミットメントと学習能力
  • E 職場の協働・協調⇒コミュニティとしての職場
  • F 知の共有⇒協働による知識創造

人材開発は確かに重要なことですが、企業経営の視点から考えると、人事が最も優先すべき仕事は、このような組織能力を自社がどこまで獲得できているかをチェックし、不足していたり、さらに多くを必要とする組織能力を戦略的に作り込んでいくことです。

4.現場リーダーが育つ組織とするポイント

そして、前段で申し上げたような自律的組織の重要性増加と、現場リーダーの弱体化のなかで、今本当に必要なのは、現場リーダーが育つ組織を開発することでしょう。上記でいえば、Bに当たります。現場リーダーが育つ組織を作るには、次の四つのポイントがあります。

  • @ 一人ひとりに考えさせる組織
  • A エンパワーメントのある組織
  • B フィードバックのある組織
  • C フォロワーが育っている組織

まず、「一人ひとりに考えさせる組織」とすることが基本です。そのための方法は多様です。一つの良いその例として、しまむらや良品計画のように、現場がマニュアルを作り込んでいく取り組みが挙げられます。マニュアルという自律的な思考とは通常対極に置かれる仕組みを使うなかで、現場の一人ひとりが改善提案し、その都度マニュアルを改訂できる、もしくはその改善提案が次のバージョンに反映されていく、そういった仕組みです。現場の気づきや提案を、業務工程に反映する権限を社員一人ひとりに与えることで、考えることの動機付けにもなっているように思います。
また、アサヒビールが取り組む「ブラザー・シスター制度」も参考になるでしょう。先輩社員と新人が1対1で向き合うけれども、周囲が連携・協力しながら二人を見守っていく。つまり、当事者だけが考えるのではなく、周囲の人もともに考える仕組みにしています。

「エンパワーメントのある組織」に関しては、エンパワーメントの本当の意味を知ることが大切です。ここでいうエンパワーメントは「権限委譲」とまったくイコールというわけではありません。実行にかかわる権限委譲をしながら、任せきりにはしないでさまざまな支援を同時に行うことです。例えば、現場リーダーの育成でいえば、「パワーを与えて任せてはいるけれども、柱の陰からきちんと見守っている」というサポート体制を組織として構築するということとなります。

「フィードバックのある組織」とは、成果や業務プロセスに関して、よいところと悪いところの両面からの説明ができる組織のことです。そのためには、常日ごろから情報を把握しているが重要になります。きちんとしたフィードバックがあってはじめて、新たな目標の設定、チャレンジにつながっていきます。
チャレンジングな目標を与え、実行にかかわる権限委譲をしつつ、きちんと見守り、支援する。そのうえで結果に対しては、よい点、悪い点の両面からフィードバックする。それを踏まえて、新たなチャレンジを行っていく。このサイクルをまわしていくことが、人を育て、リーダーを育てるうえで重要なことなのです。

そして、最後の「フォロワーが育っている組織」とは、リーダーをフォローする人を育成していくことです。リーダーをいくら育てても、フォロワーがきちんと育っていない組織では、リーダーが機能しにくいことに変わりはありません。リーダー育成とともに、あるいはその前に、フォロワー育成がどこまでできるかがポイントになります。
ここでいう「フォロワー」とは、(a)周りとの協働をしながら、自律的に動ける人材、(b)リーダーの目標を達成するために自律的に動ける人材、(c)選んだリーダーに批判的にコミットできる人材です。こうしたフォロワーは、単に職場リーダーを機能させるだけではなく、ここから、次世代のリーダーが生まれるでしょう。

5.現場リーダーへの支援をいかに行うか

また、このプロセスのなかで人事部門が考えるべきことは、現場リーダーへの支援をどう行うかです。ここでいう「支援」とは、@育成、Aリーダーが機能できる環境の提供――の2点です。リーダーは、育成して終わりの対象ではなく、継続的に支援すべき対象なのです。
そのためには、リーダーを支えるフォロワーを育成したり、リーダーに任せるべきことと、リーダーに任せず経営としてできることをきちんと区別したりするなど、過度に現場リーダーに期待しすぎないことも大切です。それが、リーダーを強くし、ひいては職場、企業を強くすることになります。

人材マネジメントはいま、大きな転換期にあります。現場での価値創造が競争力の源泉になり、現場の重要度が増す中では、従来とは異なる新しい組織・人材が求められています。
特に新しいリーダー、つまり、現場経営型のリーダーの必要性が高まっています。人事のミッションは、現場リーダーが育ち、機能するための組織開発を行うこと。ただ注意しなくてはならいのは、現場リーダーを"スーパーマン"としてとらえないということです。そうではなく、1人の人間としてとらえたうえで、きちんと支援していく。それを戦略的に進めていくことが、これからの日本企業の人事に最も求められていることだと思います。

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