プロローグ 21世紀の仕事と組織はどうあるべきか 労務行政研究所・日本経済新聞社 共催 「日本の仕事力は再生できるか」シンポジウム開催によせて

求められる仕事力の変化

労務行政研究所では、過去3回にわたって、「日本に新しい仕事力を生み出す」ことをテーマに検討を続けて来た。この中で浮き彫りになってきたことが大きく2点ある。一つは求められている仕事力の中身が、かつてとは、大幅に変わって来ているのではないかということである。
一昔前まで「現場レベルで仕事ができる」と言えば、例えば熱い行動力であり、あるいは一つの道を究める職人的なあり方などが、まず、思い浮かんだのではないだろうか。しかし、このプロジェクトでの人事担当者とビジネスパーソン双方に対するアンケート結果から見る限り、このような仕事力のイメージはすでに時代遅れとなっているようだ(session1/session2参照)。2010年代現在、仕事ができると言われるためには、全体を見通す戦略眼を持ち、その上で周囲をプロデュースしていくことができなければならない。個々の現場をマネジメントし、成果を着実に上げていく現場レベルでの「経営」力。これこそが21世紀の仕事力の核となるイメージである。

もう一つのポイントは、こうした仕事力が発揮され、そして育まれるのは、何より、活発なコミュニケーションに支えられた職場それ自体なのだ、という認識の深まりである。バブル期からその崩壊後のいわゆる「成果主義」の時代、議論は大きく個人主体の方向に振れていた。例えばバブル期のスペシャリスト志向や、その後の個人業績に基づいた短期的な成果主義人事。これらの発想の背景には、各個人バラバラの力こそが成果を生む源泉である、という暗黙の前提がある。
だが、session2でご紹介したアンケート結果は、どちらかと言えばこれらとは正反対の認識を示しているように思われる。周囲との緊密なコミュニケーションがなければいい仕事はできないし、そもそもいい職場でなければ、中にいる人が優秀でも、いい仕事などできるわけがない。そして、各個人が仕事ができるようになるためには、そうした職場での経験と、そこにおける上司や先輩などからの言葉が最大の糧となる。

上記の二つの発見は、個人としての社員の配置・評価・育成に焦点を絞ってきたこれまでの人事制度のあり方にも大きな反省を迫っている。労務行政研究所80周年記念シンポジウム「いま"人が育つ"現場に変えるために」の基調講演で、守島基博一橋大学大学院教授は、この点について、「人材開発から組織開発へ」視点を変えていくべきだという指摘をされている(session3参照)。
単に要員を配置するだけでは、その組織が力を発揮することも、さらに言えばそこに所属した若手社員が仕事力を伸ばしていくことにもつながらない。そこにはメンバーの「協働」や「統合」を達成させていくための組織の作り込みのプロセス、つまり、組織開発の作業がなければならない。これからの人事は、この組織開発のあり方に大きくフォーカスをしていく必要がある。

いままでの3回の検討で進めてきたこの流れは、おそらく、多くの読者の方々に共感を得られるものとなっていると思う。だが、私たちとしては、このまま具体論へと進む前に、もう一つ確認しておきたいことがある、と考えている。それは、なぜ21世紀の日本においてこの流れが重要となってきたのか、という問題である。
上記のような考え方自体は、どの時代においても妥当といえば妥当なものの捉え方ではある。だからこそ、いま一度、「なぜ今なのか」ということについて丁寧に確認をしておくことが重要なのではないか。仕事力の捉え方、そのための組織開発の必要性。これが抽象度の高いただの一般論ではなく、現今の課題を解決し得る具体の新たな視座となり得ているのかを詳細に考えておきたい。なぜなら、私たちが先に進んでいくために必要なのは、どの時代にも通用する「一般論」ではなく、目前のヴィヴィッドな状況に対応した個別の「具体論」であるからだ。

日本経済新聞社とのシンポジウム共催に向けて

新しい仕事力の議論が、いつの世にも同じ単なる一般論ではなく、2010年代の私たちの課題を解決するものとなっていくためには、何より、いまの時代状況に応じたものとなっている必要がある。高度成長期でも、あるいはバブル期でもなく、その後の失われた20年を経たまさに「いま」に合ったテーマと解決の方向性を提示し得ているかどうか。
このためには、人事や組織の中の議論に閉じこもるのではなく、経済あるいはビジネスの現在のトレンド全体を見据え、そこからの視座で、現在を切り取っていく必要がある。
上記の問題意識を踏まえ、労務行政研究所では、経済界に広いネットワークを持つ日本経済新聞社のご協力を得て、先の80周年記念シンポジウムと対になるもう一つのシンポジウムを開催することとした。

今回のシンポジウム、「日本の仕事力は再生できるか」の最大のポイントは、マクロな経済やビジネスのトレンドを起点とし、いま一度仕事力について、そしてそこにおける組織や人事の役回りについて検討を重ねてみることにある。
いままでの仕事力の検討が人事「業界」内のよくある議論に過ぎなかったのか。それともこれからの時代を切り開くためのヒントとなり得るポテンシャルを備えたものとなっていたのか。これを確認するため、今回は、まずマクロな経済・産業・ビジネスの視点からシンポジウムをスタートする。東京大学の伊藤元重教授による基調講演「グローバル化経済に立ち向かうために〜日本の産業、企業、人材に求められる変革とは〜」である。
失われた20年、日本はなぜグローバリゼーションの流れに適応できなかったのか。勃興しつつある新興国経済に対抗しながら、再び成長路線へと向かっていくためには、日本の産業や企業は何をなさなければならないのか。東京大学における研究のみならず、産業構造審議会産業競争力部会部会長、NIRA理事長のご経験を踏まえ、マクロな観点からの時代認識と課題を示していただく。

伊藤教授による問題提起を引き受け、企業の経営・組織というミクロな課題へと落とし込む役割を果たしていただくのが、明治大学大学院教授野田稔氏による特別講演「ミドルからスタートする企業の人材改革〜変革に向かう企業組織活性化のあり方とは〜」である。
時代潮流の変化を乗り切っていくためには、その時代に合った経営、そして組織のイノベーションを成し遂げていかなければならない。組織論の研究者であり、また、長年にわたる経営コンサルティングの経験を持つ野田氏からは、2010年代、企業はどのような組織戦略を構築し、その中で、どんな人的資源の力=仕事力を作っていかなければならないか。その見通しを語っていただく。

基調講演、特別講演に引き続き、総括となるパネルディスカッション「日本企業に新しい仕事力を生み出すために〜グローバル化時代の人材戦略の向かうべき方向〜」では、時代認識から始まった議論を、再び、人材育成、組織開発、そしてそこにおける人事部の役割というそもそもの仕事力議論のフィールドに再び戻る。2010年代における日本の経済、産業、企業の変化と仕事力の議論はどのように結びつくのか。それはこれまでの3回にわたる議論を裏付けるものとなるのかどうか。
パネルディスカッションのコーディネイターには、引き続き、野田氏に立っていただき、そこに現役の人事部マネージャーであるフリービット株式会社の酒井譲氏、人事と経営をつなぐ豊富なコンサルティング経験を持たれている三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の吉田寿氏、そして今までの仕事力プロジェクトの議論を代表する立場で労政時報WEB編集長の原健が参加する。

今回のsession4では、シンポジウムの議論の準備として、伊藤元重氏と野田稔氏の事前インタビューをお送りする。また、シンポジウム自体の再録も、session5で実施する予定である。
仕事力プロジェクトの議論は、時代のトレンドとどう切り結ぶのか。2011年2月24日、日経ホールでのシンポジウム「日本の仕事力は再生できるか〜勝ち抜く経営のための人的資源戦略〜グローバル経済に立ち向かう人材マネジメントとは」の議論に是非ともご期待いただきたい。

インタビュー 「仕事力」専門家インタビュー3 伊藤元重氏 東京大学大学院 経済学研究科 教授

東京大学大学院 経済学研究科 教授 総合研究開発機構(NIRA) 理事長 伊藤元重氏
東京大学大学院 経済学研究科 教授
総合研究開発機構(NIRA) 理事長
伊藤元重氏

新しい仕事力の議論が単なる一般論ではなく、2010年代の私たちの課題を解決するものとなっていくためには、何より、いまの時代の状況に応じたものとなっている必要がある。このためには、人事や組織の中の議論に閉じこもるのではなく、経済あるいはビジネスの現在のトレンド全体を見据え、そこからの視座で、現在を切り取っていかねばならない。
このような問題意識から今回は、国際経済学の第一人者であり、来る2月24日の日本経済新聞社と弊所との共催シンポジウムにて基調講演をお務めいただく東京大学大学院教授の伊藤元重氏に、日本企業が直面している現状の課題と、変革の方向性について、インタビューさせていただいた。

1. 日本企業が直面する三つの課題

今、日本企業が直面する課題は、大きく下記の3点です。

@産業構造の変化

A少子高齢化

Bグローバル化

一つ目は、日本企業が産業構造の変化のスピードに対応できていないことです。我が国では、バブル崩壊後の20年間、政府・民間企業ともに、既存分野(自動車やエレクトロニクス産業等)のみに依存し、成長分野(インフラ関連、環境・エネルギー、医療・介護・健康等)への資源(資本や労働力)の移行を先延ばしにしてきました。その「ツケ」が企業の競争力の低下に現れています。グローバル競争では「投資の規模とスピード」が勝負の分かれ目となります。産業再編や棲み分けも含めた事業の「選択と集中」を行い、収益力を高めていくことが不可欠です。

二つ目は少子高齢化の進展です。戦後の日本企業は、経済が拡大成長する中で、終身雇用を前提に、大量の新卒採用を行い、自前で必要な人材を育て、確保してきました。しかし、少子高齢化が進み、低成長で先行き不透明な今の時代には内部労働市場を中心としたシステムは必ずしもマッチしません。少子高齢化に即した雇用システムの在り方が問われています。
日本企業が産業構造の変化や次に述べるグローバル化に対応していくためにも、労働者が企業間や産業間を移動しやすくする外部労働市場を育てていく仕組みが必要です。

三つ目はやはりグローバル化の問題です。アジアを中心とした新興国はいまや生産拠点であることにとどまらず「巨大な市場」として台頭してきています。もはやグローバル化とは単なる「生産ノウハウの海外移植」ではなく、巨大市場の獲得競争そのものになっています。このような中では、いかに現地人材をうまく活用し、現地ニーズを的確に汲み取り、現地市場に適応した新製品やサービスを生み出せるかがポイントになりますが、日本企業はこれまで後手に回っているというのが実情です。
国内人材の"内向き化"も進み、グローバルビジネスに必要な人材が獲得しづらい状況でもあります。国内市場が縮小し、新興国を中心に海外市場が拡大する中、グローバル人材をどう育てるか、あるいは獲得していくかが、非常に重要な課題になっています。

当面、日本企業が戦略的に取り組むべき課題は、@グローバル展開のスピードを上げることと、A国内再編の加速化です。

2. グローバル展開のスピードを上げる

グローバル展開のスピードを上げるには、「人材」の獲得がカギを握ります。ただ、そのアプローチの仕方は大企業と中小企業で異なります。
大企業の場合は、外で優秀な人材をいかに積極的に採っていくかがポイントになるでしょう。例えば、以前は中国でビジネスを展開するとなると、「日本語のできる中国人」を採用しようとしましたが、それだとどうしても母集団が限られてしまい、優秀な人材を獲得しづらい。そこで、最近では「英語ができる中国人」にまで範囲を広げるケースが出てきました。それにより、優秀な人材がかなり獲得しやすくなりますし、またそのような人材であれば、日本で1年程度経験を積めば、日本語も話せるようになります。
さらに言えば、採用に占める外国人比率にも目を向けることです。パナソニックやファーストリテイリングなどでは、新卒採用全体の約8割が外国人というふうに、採用についてもグローバル化に大きく舵を切っています。このようなことも、今後は珍しくなくなるでしょう。

中小・中堅企業で海外ビジネスに舵を切る場合には「キーパーソンを入れる」ことです。ある機械メーカーでは、中国人と日系アメリカ人を一人ずつ雇い、彼らに海外のマーケット開発を任せたところ、もともと製品力はあるため、海外でもかなり売上が伸ばすことができました。大企業のように、継続的に多数の優秀な外国人社員を採用することが難しくても、キーパーソンを採用することで海外ビジネスは展開できるはずです。
もちろん、グローバル化を進めるに当たっては、人材の「獲得」だけでなく、「育成」も重要です。商社など一部の企業ではすでに始まっていますが、20代のうちに海外勤務を経験させるなど、若いうちから異なる文化・政治・環境の中でビジネス経験を積ませ、グローバル意識の醸成を図ることが求められます。

3. 国内再編を加速し、収益率を高める

日本企業が戦略的に取り組むべきもう一つの課題は、国内再編を加速することです。製造業を中心に、日本企業の利益率は海外企業に比べ極端に低くなっているケースが目立ちます。これは同一産業内で多数の企業が存在し、国内消耗戦を繰り広げてきたことなどが要因ですが、企業単位でみても、傘下に多数の部門を抱え、十分な「選択と集中」が実施できていないところが少なくありません。

グローバル市場での投資の規模とスピードを確保するには、事業再編や合併・提携などの再編を加速し、収益率の高い体質をつくり上げる必要があります。再編には"痛み"が伴いますが、日本企業が生き残っていくには思い切って取り組んでいくしかないと思います。

4. 上流では「イノベーション」、下流では「ソリューション力」が必要

いま、国内の産業構造は「スマイル・カーブ」化しています。「スマイル・カーブ」とは、スマイル・フェイスの口のように、両端が少し上がった形の曲線を言います。これは、開発・部品製造などの上流や顧客に近い下流だけが利益を生み、生産工程に当たる中流部分がコスト競争化していることを意味します。中流部分が厳しいのは新興国企業と日本企業の人件費の違いを考えれば明らかでしょう。

上流では、製品構成の要となるデバイスや技術、素材、ブランドなど、何らかのオンリーワンを持つ企業は、グローバル化により商圏が広がるほど、巨大な市場を手に入れることができます。そのため、上流型ビジネスモデルではいかに自社の強い部分に「選択と集中」を行い、オンリーワンとなるかが課題になっているわけです。炭素繊維などの最先端素材を提供する東レはその好例です。
一方、下流では、単にモノを作って売るということではなく、トータルな付加価値を消費者・ユーザーに提供できるかが問われます。例えばパナソニックは、エコ家電、太陽電池・燃料電池、リチウムイオン電池などのさまざまな環境技術をもっていますが、それらをばらばらに提供するのではなく、「エナジーソリューション」として、「家・ビルまるごと」あるいは「街まるごと」のエコを進めるというふうに、トータルのサービスとして展開しています。

上流、下流のどちらを攻めるかは各企業の特性や置かれている環境によりますが、今の日本企業には、上流での「イノベーション」が、あるいは下流での「ソリューション力」が求められています。

5. 「人材」は戦略に合わせて作る

「人材」は戦略に合わせて作っていくものです。「良い人材を作って、それから戦略をやりましょう」と言ったところで無理です。まず自社がグローバル競争の中で打ち勝つ戦略があって、その戦略を遂行するために必要な人材を確保する。
内部組織で対応するのか、外から人材を獲得してくるのかは、各社の考え方によります。しかし、これまでの日本企業は、グローバル競争における「戦略」と「人材」に関して、明確な方向性があまりみられませんでした。「内部人材では対応できない」といった"人材の限界"が経営の言い訳になり、十分なグローバル戦略が描けていない面もあったと思います。

従来、日本企業は人を育て、技術を高め継承していくことに熱心でした。それは日本企業の大きな強みであり、今後も決して失ってはならないことです。しかし、人材や技術などすべてを自前でまかなうという発想では、もはやグローバル競争に勝ち抜くことは困難です。日本的な強みを残しながらも、外の人材、とりわけ国外の優秀な人材を活用していくことが不可欠です。
例えば、「上流」を攻める場合を考えても、先端技術を一企業が自前でやっていくことには限界があります。大学の研究機関や最先端のニッチな技術に取り組むベンチャー企業と組むことも必要でしょうし、世界の最先端地域(シリコンバレー、中国、インドなど)の優れた人材の活用も欠かせません。他企業との連携でも、買収でも、中途人材の獲得でもいい。ただ、優れた技術を持つ人材は非常に限られるため、スピーディーに決断し、対応していかなければなりません。

失われた20年を取り戻すためのグローバリゼーションのスピードアップと国内再編。これにどのような戦略をもって立ち向かっていくか。その戦略を実現するために、どのような人的リソースを確保するか。また、リソース確保の手段として、採用、育成、そして他企業や団体との提携をどのように行っていくか。
この見通しを可能な限り早期につけていくこと。これが現況の日本企業の最大の課題であると考えています。

インタビュー 「仕事力」専門家インタビュー4 野田 稔氏 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授

明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏
明治大学大学院
グローバル・ビジネス研究科 教授
野田 稔氏

企業と組織は時代の要請によって変革・変容を重ね、そこから生み出された成長モデルが未来を築いていく。その動きをいかにとらえ、市場にマッチした、あるいはその先を行く付加価値をどう作り上げていくかが企業にとっての生命線と言える。当然それを支えるリソースマネジメントや組織と人材の戦略は新たな変革を方向づける重要なポイントだ。
では、グローバリゼーションに象徴される大きな環境変化の下で、いま企業に問われている「時代の要請」とは何か。それを“上げ潮”として成長に結び付けていくために、組織と人材はどのように変わっていくべきか。今回、シンポジウムで登壇いただく野田 稔氏に、経営・組織コンサルティングの豊富な経験からみた「これから」の在り方を語っていただいた。

1. 企業の「ドミナントデザイン」の変化と成長への選択肢

時代によって変わる企業のデザイン

「時代の要請」に関して、いつも考えるのは「ドミナントデザイン」という概念です。商品や産業には、その時代ごとに「これが当たり前」とみんなが共有している概念があります。例えば、昔のテレビは木の箱に入っていて、足が付いていて、チャンネルは手で回すもの…というのが当たり前でした。それがいつの間にか黒い箱になり、床に置かれるようになり、いまや壁に貼れるようにもなった。「テレビ」に対するみんなの概念が変わってきたわけです。
このように、時代に応じてドミナントデザインというのはチェンジしていくものです。

これとまったく同じことが、企業にも起こっています。私はこれを指して、「第一世代の会社」「第二世代の会社」「第三世代の会社」と言っています。
「第一世代の会社」というのは戦後すぐのことで、そのコンセプトは「強い会社を目指そう」でした。当時、日本の企業は小さくて弱かったから、これはモデルとしては当然で、ドミナントデザインの基本には「模倣戦略でいい」という暗黙の前提がありました。「二番手でいい」ので、あまりいろいろ考えなくてもよかったわけです。この時代には、ごく少数の経営者と大勢のオペレーター人材、そしてオペレーターを人的に管理する現場監督がいればOKだった。しかも運よく、“集団性”という日本国民の特性が生きるような産業、鉄鋼や機械組立などが時代の寵児でした。時代の要請と国民性がマッチして、奇跡の戦後の復興を果たしたわけです。
それが80年代くらいから少し変わってきた。より“賢い会社”を目指すようになった。それが「第二世代」です。なぜかというと、まず模倣が終わった。アメリカを模倣していてもダメな時代になってきたので、自分たちで考えなければいけなくなった。しかも、第一世代は一つの商品群の中で規模の拡大を果たしましたが、第二世代では多角化と海外進出が大きなキーになりました。そうなるとどうしても、賢さが要求されるわけです。そこから初めてポートフォリオの概念や、競争戦略の概念などが出てきて、「みんなMBAを取りましょう」という話になってきた。“頭がよい”ということが勝利の秘訣という時代へと移り、それは今にも続いています。

第二世代から今日の「第三世代」へ

その後、環境が大きく変わる中で、第二世代の“賢い会社”はさらに質的変化を求められ、第二世代の「2.1」バージョンにアップしなければならなくなりました。バージョンアップの方向性としては、「パワースマート2.1」という変化と、「センス2.1」という変化の二つがあると思っています。
「パワースマート」とは簡単に言うと、台頭してくる中国・韓国の企業との真剣勝負を世界の舞台でやりましょう――というドミナントデザインで、大体このような会社が、英語を公用語にしたりするわけです。より強く、よりスマートに、合理的で、力強くて、ラピッドで。そこではアジリティというのが重要なキーワードになってくる。このような方向に、6〜7割の会社が行こうとしているのではないかと思っています。

一方、別の賢さを求めている会社もあって、それが「センス2.1」です。
今の日本の企業の強みとして挙げられるものを、私は「四つのK」とよく言うのですが、それは「快適」「健康」「きれい」「かわいい」です。上海万博のとき、日本産業館で一番人気があったのは実はINAXのトイレで、中国人はみんな「スゴイ」とビックリしたそうです。こうした商品が象徴するように、世界一快適で世界一の長寿、健康国の日本は,「四つのK」に関して超先進国といえます。
日本企業がこうした強みを武器にしていくには、まずセンスが大きく問われます。デザイン性やホスピタリティなど、同じ賢いと言っても“右脳のよさ”が重要なポイントになってきます。この「センス2.1」に向かっていくためのキーワードは何かというと、明らかに「Change ! Yes we can.」です。今、それができるかどうかがこの方向を目指す企業にとって大きなポイントと言えます。

さらにもう一つの第三世代が始まっていて、それは「志の高い企業」です。今、優秀な学生はみんな、社会問題解決志向の高い会社を狙います。これは一過性のブームだろうと思って見ていたのですが、どうやら違う。世界的な潮流として、先進国の優秀な学生は社会問題解決の方向にシフトしています。いわゆるCSRのような、少し寄付をして責任を果たしたといったような話ではなく、本業を通じて社会問題を解決するという方向に舵を切らないと、優秀な学生は集まってこなくなっているのです。

不確定な選択肢へどう舵を切るか

パワースマートにしても、センスにしても、社会問題の解決にしても、どの方向に行くのであっても、“舵を切らない”という選択肢だけがなくなってしまったというのが、今、日本企業の置かれている状況だと思います。

ではその中において、企業はどう対応するべきか。先ほどお話ししたように、第一世代の企業のころは、アメリカの真似をすればよかったのでやるべきことは明確でした。いかに腰を据えて、腹をくくって、大規模に素早く投資するか――という非常にマッチョな、男っぽい意志決定が最も成功につながったのです。
ところが今は、「センスにするのか? パワースマートで行くのか? 社会貢献で行くのか?」――まずここから選択しなければいけない。けれども、どれを選べば成功するかは分からない。社会貢献で行くとしてもどの分野でやるのか。技術的強みは何だ、既存顧客の強みは何だ、というのは分からない。多分いろいろなオプションが出てきます。だからといってよく分からないうちから「とりあえずこれで行こう」という第一世代的な判断を下してはいけません。今の時代、それは最も危険な判断です。

不確定で選択肢が多い時代の投資行動や意志決定はどうあるべきかというと、「とりあえず薄く張る」というのが一番正しい。どれが売れるか分からない間はとりあえず薄く、小規模な投資にとどめて大きな意思決定はしない、というのがコツ。その後に事情が分かって「これはもう少し先に行けそうだな」と思ったら、その先につながる大きな投資に踏み切る――そうした形に企業の投資行動は変わってきているわけです。

組織の「小括り化」と「失敗を許す人事制度」がカギ

これを組織論に置き換えてみると、選択肢が多い中で、1カ所ごとそれぞれに大勢の人間を投入することはできない。だから小さな自律的なチームを作って「お前ら頑張れ」とやるしかない。つまり選択肢に合わせた組織の「小括り化」です。しかも、その小括り化した多くの選択肢のうち大部分は失敗する可能性が高い。そこでいちいち失敗の責任を問うていると、あっという間に会社から人がいなくなってしまいます。

昔のソニーには、「失敗はなかったことにする」というよい社風があったそうです。一切責任は問わずなかったことにすれば、みんな恐れずに失敗できる。もちろん、その失敗の仕方が怠惰によるものなら、これは責めるべきだと思います。
しかし、多くの選択肢の中で8割方は失敗するのだとすれば、この8割を先行投資として考えられるような人事制度でないと、これからはおそらくうまく行かない。組織は小括りで、失敗を許す人事制度。これがちゃんとできているかどうかが、環境変化の中で企業が勝ち抜くうえで重要なポイントになると思います。

2. 元気ある組織を生み出すために

「明るい未来」を目指す目標を共有し協働する

今、組織の中で元気が出ない理由は一体何かというと、やはり、「未来が見えないこと」にあると思います。将来どうなるか分からない。昔の日本人はすごく貧しかったけれども、何となく未来が明るいように見えていた。未来が明るいように見えていると、人間は明るくなれるんです。ですから、未来を作る作業が、組織の中に明確に作られることが活性化への第一の原則だと思います。

私は「活性化」というのは、きちんと定式化できると思っています。それは目指すべき目標が共有されていて、一人ひとりが自主的・自発的にこれを追求して、しかも協働している状態――これが活性化の状態だと思っています。
一番重要なのは、「何をなすべきか」「未来に向かって明るく行こう」という方向性がみんなで共有できていること。そして、その明るい未来に向かっていくこと自体が、自分たちの誇りにつながるようなビジョンであること。こういう構造さえ作っておけば、日本企業は、いくらでも再生できると思っています。

現状にしがみついて「とにかく、これで食おう」と思っていると、どんどんコストダウンしてジリ貧になっていく。だから「これだけではダメなのは分かっているので、余力のあるうちに早くこっちをやろうよ」と。その意味で、日本企業にとって舵を切ることは、もう待ったなしだと思います。そこでもし重荷になっているようなものがあるならば、ルーティンワークを行うことに引き戻すような「旧体制=アンシャン・レジーム」があるなら、それをバッサリ切ることが経営者の役割と言えるでしょう。

組織の分解から新たな創造へ

過去にとても停滞していたとある企業のコンサルティングに携わったことがあります。その企業は、社内が非常に大きなピラミッド型組織になっていて、そのヒエラルキーの上位を過去に大きな功績を上げた年配者が占めていました。その下にいるミドルにはなかなか権限が移譲されず、何かを言っても大体否定されてしまう。それでも過去の功績を引き合いに出されると反論もできず、そのことが組織の停滞を招く大きな原因になっていたわけです。
そこで私たちが取り組んだのは、「脱出計画」を立てることでした。ミドルの人たちが、既存のピラミッドから飛び出して、小括り化された小さな三角形を作れるような制度を取り入れました。それは一種の社内ベンチャーで、いまもその時に作られた小さな事業単位が結構残っています。

そうして下の人たちが脱出していくと、ピラミッドは上からの重しだけの構造になり、次第に自然消滅するだろうと思ったのですが、実際はそうはならなかった。ピラミッドの上位の人たちにも悪意はなく、「実は俺たちがあいつらを圧殺していたんだ」ということが分かってきて、今度は「自分たちにできることを自分たちでやろう」ということを決めたんです。
そうして起こされた新しいビジネスが、また大きなものに育っていきました。組織ピラミッドのディコンストラクト(分解)が、上の人たちにも新たなビジネスを考えるチャンスとなったのです。こうしたチェンジをしていくことによって、組織はずいぶん変わってくるのではないかと思っています。

3. ミドルがリードする企業変革

ミドルのつながりからトップの企業変革を後押しする

元々、企業変革論では、トップの旗振りは必要ではあるが、必ずしもトップが変革をスタートさせていない、ということを多くの人が言っています。例えば、ロザベス・モス・カンターの『ザ・チェンジマスターズ』などでも、そのようなことが書かれていますし、野中郁次郎先生がずっと述べられている「ミドルアップダウン」もそうです。

20年ほど前に企業変革のお手伝いをしたときの例では、経営企画部長と経営企画課長の2人が変革の主導者として火付け役になっていました。過去の文化にどっぷり浸かり、その文化の中で成功者となった経営トップから大きな変革を切り出すのはなかなか難しいのが現実です。だからトップの背中を押すミドルという存在が絶対に必要だと思います。
ただ,ミドルの人たちは、一人だけでは弱いんです。それでどうするかというと、ミドル同士で横につながる。そして世論形成をしてしまうんです。「ウチの会社はこっちの方向に行かないと危ない」という世論形成をアンダーグラウンドでやり、世論が後押しする形でトップに進言していく。

経営トップが自ら変革するのを待っていたら、多分なかなか実を結びません。となると、カルロス・ゴーンさんのように、変革をするためにトップを外から持ってくるしかない。それがイヤなら、自分たちでトップの背中を押すしかない。それで成功している例はたくさんありますから、そこは勇気を持ってほしいと思います。

変革者への報酬は「新しいポジション」

では、ミドルの人たちを、変革に向けてどうやって動機づければいいのでしょうか。横のつながりを作ってトップの変革を後押しする、といったアクションを評価や報酬、処遇といった外発的な動機づけで引き出すことは難しいし、やるべきではない。むしろやるべきことは、育成・教育の方です。
「そもそも何をやるべきと思うか」というところを意識づけて、そこからミドル自身に「自らを動機づける力」を身に付けさせるべきだと思います。

そして、変革が終わったら、取り組んだ人たちに報酬を出すべきです。それは、おカネではなく、新しい“いい仕事”を与えること、要するにポジションを与えるということです。「お前が変えたのだから、お前が動かせ」と。突き詰めて言えば、現経営陣がリタイアして道を譲ることが変革者にとっては最大の報酬になるのではないでしょうか。
その意味から、これからの組織は「下のフラット化」ではなく、世代交代を促すための「上(経営層)のフラット化」を進めるべき。下は階層化ではなく、「小括り化」を進めるべきだと私は考えます。