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東京大学大学院 経済学研究科 教授
総合研究開発機構(NIRA) 理事長
伊藤元重氏経済学の世界で「オーストリア学派」といわれている考え方があります。代表選手は、20世紀にケインズと覇を競った有名な経済学者、ジョセフ・シュンペーターです。
オーストリア学派のキーワードは「創造的破壊」です。つまり、古いものが壊れないと、新しいものは出てこないということ。今後の日本を見るうえで、これは非常に参考になる考え方かもしれません。
激しい変動がない中で、徐々にあまり波風を立てないで変化できればそれに越したことはないわけです。しかし、残念ながら、市場経済はそう単純なものではなく、いわば、激しい破壊があって、初めて新たなエネルギーが出てくる。
これから5年程度の日本の産業や社会を考えたときに、我々が警戒しなければいけないのは、創造的破壊のようなことが一気に押し寄せてくるということです。これまでの経済・産業の動きにとらわれるのではなく、大きな断絶や創造的破壊が起きたときに経済は大きく動き始める、ということをまず申し上げておきたいと思います。グローバル化や産業の再編はその契機と言っていいでしょう。

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グローバル化の最も重要なポイントは、「今、世界経済の軸が、先進国から新興国にものすごい勢いで動いている」ということです。
世界のGDPの50%を先進国が生み出しているわけですが、その先進国の人口が一斉に高齢化しています。オーバーな言い方をすれば、人類がこの地球上に現れてきてから初めての現象です。一方、新興国では中国は一人っ子政策をとっていましたから例外ですが、インドも中東もトルコもブラジルも、圧倒的に若者が多い。インドは24歳以下が人口の約50%を占めるほどです。新興国の人口ピラミッドは、若い層が大きく膨れており、先進国の富は成長著しい新興国の投資に向けられています。グローバル化の中で、大変なスピードで経済のウエイトが先進国から新興国へシフトしてきているという事実。この点を我々はきちんと押さえておかなければいけません。

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デジタル技術の革新も、新興国の成長を後押ししています。例えば、金融の世界ではリアルタイムで膨大な情報を処理していますし、また物流・流通についてもデジタル情報なしには、膨大な量の物流情報が動きません。デジタル技術がそのインフラを担っているわけです。
デジタル技術の革新は、新興国に大きなチャンスをもたらしています。だれでもどこでも、世界のマーケットにアクセスできる時代になっているということが大きな要因です。
アメリカにウォルマートという会社があります。日本でも西友のオーナーとして知られていますが、年間40兆〜50兆円の売上高を誇る、常にエクソンモービルと世界一を争う大企業です。何が面白いかというと、人工衛星を2個使っているということ。ウォルマートは中国で毎年2兆〜3兆円の商品を調達していますが、世界中からものを買って、それをアメリカの4000の店でリアルタイムに、いつどこでどの商品をどういうふうに物流させ、また在庫させていくかというサプライチェーンマネジメント(SCM)を行うためには、それだけの情報処理システムが必要なのだそうです。
そのウォルマート、まさにグローバル化とデジタル技術の権化のような会社ですが、ある雑誌に「ウォルマートが中国の企業を鍛えている」と書かれていました。つまり、ウォルマートのような膨大な販売力を持つ小売業に、自社の商品を売ってもらえるかどうかは、企業にとってみれば命運を賭けた動きになるわけです。例えばウォルマートでは膨大な数のフラットテレビ・液晶テレビが売られるわけですが、それがサムソンなのか、LGなのか、シャープなのか、パナソニックなのか、東芝なのか、あるいは台湾のメーカーなのか、これはウォルマートが決めること、消費者が決めることなのですが、ウォルマートの販売網にのせてもらえるかどうかは、企業にとって大きなポイントになってきます。
このようなグローバルなものの流れの中で、中国に巨大企業が数多く生まれています。よく例に出されるのが、台湾系の電器製造大手のフォックスコンです(編注:世界最大の企業「鴻海精密工業(HonHai PrecisionIndustry:ホン・ハイ・プレシジョン・インダストリー)」のブランド名)。30年ほど前に台湾人が数人で作った会社が今や深圳(シンセン)に、50万人を超える従業員が働く工場を擁しています。この工場で作っている製品は、パソコンでいえば、HP(ヒューレッド・パッカード)と、デルとソニーのバイオ、アップルのマッキントッシュ。携帯電話ではノキアにモトローラにアップルのiPhone。iPodやiPadもそうです。あるいは、ゲーム機では、任天堂のWiiとDS、ソニーのPSPにマイクロソフトのXbox360。こういう商品が、わずか一つの企業の工場で作っているという、この事実が大事です。そういう化け物みたいな企業が、中国だけではなく、新興国に出始めてきていて、それはデジタル技術なしには考えられないわけです。
このように、世界の人口構造の変化とデジタル技術の革新は、世界の経済地図を大きく変えてきています。現在のグローバル化の重要なポイントは、新興国の台頭だということです。

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我々にとっては、これは特に大きなインパクトがあります。アジアには、グローバル化の"大物"である中国やインド、ASEANという巨大な国・地域があるからです。他の地域における新興国の台頭とは規模が大きく異なるわけです。その意味で、経済ジオグラフィー(地理)の変化のマグニチュードというものを認識しておくことが重要です。
海外研究機関のレポートを見ていると、あと25年もすると、日本より大きな国・地域がアジアに三つできるとあります。すなわち、日本の4〜5倍になっているかもしれない中国と、日本の3倍ぐらいになっているかもしれないインド、そしてインドネシアを中心としたASEANです。ですから日本が圧倒的に大きかった時代から、日本がアジアの大きな国の中の一つに過ぎないという状況に変わっていきます。
日本国内の産業の姿は大きく変わらざるを得ないでしょう。私が非常に懸念しているのは、日本企業がアジアの成長スピードに完全に乗り遅れているということです。日本の社会・産業・経済が、この変化のスピードを読み間違っているのではないかということです。
ドコモのスマートフォンは1年間に200〜300万台売れたということで活況を呈しているが、インドでは1年間に携帯電話が2億台売れたのです。インドで売れている2億台の携帯電話と、日本で売れているスマートフォンは同じ携帯電話でも、違うといわれてみれば違うかもしれないが、ただその市場の成長スピードというものを理解しないといけません。
ですから、このグローバル化というのは、我々の足下からいろいろなものを破壊していく。自動車も家電も、日本を代表する産業は、国内では儲かっておらず、海外で儲けています。グローバル化で日本企業が生き残るためには、海外への進出をもっと加速化することが必要ですが、そうなると、国内では雇用も下請企業も地域経済も厳しい状況にならざるを得ません。

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しかし、重要なことは厳しいことばかりではないということです。そこには大きなチャンスがあります。ポイントは、日本の貿易構造の変化に注目することです。日本企業が海外に出ていくと、日本の輸出がどんどん減少して日本国内は空洞化するだろうという議論がありますが、私は、これはかなり怪しい議論だと思っています。
第1回のノーベル経済学賞を授賞したオランダのヤン=ティンバーゲンという有名な経済学者の研究に「貿易における引力の法則」というものがあります。つまり、二つの国の距離が近いほど、そして、それぞれの国の経済規模が大きいほど、2国間の貿易額が大きくなるという理論です。なんとなく分かりますよね。台湾のほうが中国より距離が近いけれども、日本と台湾の貿易額より、日本と中国の貿易額が多いのは、中国が経済規模の大きい国だから。また同じ大きいといっても日本とアメリカの貿易額より、日本と中国の貿易額が多いのは、アメリカが遠いところにあるから。最初の論文が出たのは1960年ですから、それから50年。統計的に見て、あまりにもこの引力の法則が当てはまるため、多くの経済学者がこの理論的背景や統計的な意味を研究してきており、相当信用できる理論です。これからの10〜20年、近隣諸国はどんどん大きくなるわけですから、引力の法則を通じて、日本の輸出は伸びていくし、輸入も伸びてくる。この学説が正しいとすればそういうことになります。

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そうすると、双方向貿易が前提になったアジア経済と日本経済の一体化、その中で日本の産業はどうあればいいのか、という視点が重要になってくることが分かります。
アジアで通用するものであれば、国内であろうが、輸出しようが、海外でやろうが、いろんなチャンスが出てきます。つまり、アジアの中で通用する商品であればよいわけです。逆に、日本よりも優れたものが外にあれば、簡単に相手にやられてしまう。ある意味で、産業の選択と集中が始まる。日本国内市場に守られた形でやっているビジネスではなくて、やはり比較優位構造を先鋭化する必要がある、これが一つ目のポイントです。
二つ目のポイントは、国内の伝統的なマーケットが急速に縮小していることへの対応です。人口や経済規模(GDP)だけを見ていると読み誤ります。日本では高齢化の進展に伴い、15〜64歳の生産年齢人口が急速に減ってきています。今後、生産年齢に相当する人たちを主な顧客にしたビジネスは想像以上に減少するでしょう。乱暴な言い方ですけど、国内マーケットだけを見ていたら、キリン・アサヒ・サントリー・サッポロの4社全部は生き残れないわけです。ですからキリンとサントリーが合併しようとしたのは、きわめて自然な流れなのです。
国内ではそういう業界ばかりなのです。政府も金融機関も、企業も、これまで産業の構造調整を先送りしてきました。先日、日経新聞を読んでいたら、日本全体で13%が空き家だという。それなのにまだ住宅建設が続いている。そして住宅が売れず業界が苦しくなって政府は何をしたかというと住宅減税です。そういうシステムがすべて悪いと言うわけではないですが、そうしたことを繰り返してきて、この20年間で日本はよくなりましたか。
いずれにしてもこのゲームはもう終わりなのです。政府に金がないのですから。銀行だって生き残るためには変わらなきゃいけない。厳しくとも、やはり今の日本に必要なのは創造的破壊なのです。
そしてここから先が大事なのですが、決してそれを悲観的にとらえる必要はないということです。マーケットが2割縮小するといえば、業界の売り上げ自体が2割減るということではないのです。2割の企業が消える、ということです。2割の企業が消えれば、8割の企業の売り上げは現状維持なのです。もしマーケットが2割減少したときに、3割の企業が消えてくれたなら、残った企業は1割売り上げが増える。そういう問題なのです。創造的破壊は厳しいですが、産業がなくなってしまうというわけではありません。
少子高齢化が進む日本では「医療・介護・健康」「環境」「安心・安全」といった分野で新たなビジネスモデルを創り上げることができれば成長は可能です。しかし、こうした新たな成長分野に日本の資源(人材・資金)を振り向けていくためには、過剰供給、過剰雇用、過剰キャパシティになっている既存産業の構造調整はやはり避けて通れない問題です。いよいよ日本は待ったなしのところまで来ています。

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企業には、自社のポジショニングを先鋭化することが求められます。「スマイルカーブ」という形でまとめることができるかもしれません。スマイルカーブとは、真ん中がへこんで、両側が上がっている曲線のことを言います。どういうことかといえば、上流と下流は儲かるけれども、真ん中は儲からないということです。もちろんこれは非常に単純化した議論ですからもっと精緻化しないといけないのですが、言っていることは非常に重要なことです。

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では、なぜ上流が儲かるのか。それはグローバル化だからです。村田製作所は非常に業績がいいですよね。理由は簡単です。今世界中でスマートフォンが売れているからです。スマートフォンを作るためには、村田製作所の高度でコンパクトなコンデンサが必要になる。上流でオンリーワンを持っていれば、グローバル化は非常に大きなチャンスなわけです。

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真ん中は儲からない。なぜかというと、日本の国内市場が成熟化しているからです。今から10年前、中国でこういう話をしていたら、終わった後、中国の経営者が質問に来まして、「伊藤さん、スマイルカーブは面白い。でも、中国は逆だ。真ん中が儲かって上流と下流が儲からない」と。中国では、まだ村田製作所とかグーグルとかインテルとか、あるいは、世界で勝てるようなところはまだないわけです。下流も、中国はまだ成長市場でマスのマーケットですから、自動車は走ればいいし、冷蔵庫は冷えればいいわけです。上流と下流が儲からなくて、ひたすら真ん中が儲かるわけです。どんどん需要が増えていくわけですから、より多く作って、より安く、より早く開発して、より効率的に流通をさせるという部分が必要ということです。
日本もバブルが崩壊する20年前まではこうでした。その後バブルが崩壊して、国内市場が成熟する中で、どんどん真ん中が縮小していって両側が上がってくるようなスマイルカーブになっています。したがって先ほど申し上げた、過剰供給・過剰雇用・過剰キャパシティで壮絶な再編と調整が起こるのはこの真ん中の部分ということになります。つまり旧来のビジネスを守ろうと思ったら、とにかく、自分の競争相手が早くいなくなることを願って生き残りにかけるしかない。これは、決して後ろ向きの政策ではなくて、それが一つの流れなのです。

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そして下流の部分が日本のチャレンジなのです。常にユーザーに近いところにいる企業は、非常に大きな可能性があります。下流で生き残るカギはビジネスモデルをしっかり構築することです。優れたビジネスモデルを早く開拓できれば、競合をリードできるだけではなくて、大きな流れを生み出すことになります。ビジネスモデルを構築する最大のポイントは、突然素晴らしいアイデアが湧いてくるのを待つことではなく、世の中の流れに乗っていくことです。例えばユニクロは、アジアの成長という流れに乗った。アジアでの生産力がどんどん増えていく中で、併せて徹底的に少品種多量販売の展開を日本で行い、この20年間で成功してきました。ユニクロにとって幸運だったのは、柳の下にもう一匹ドジョウがいたのですね。アジアが成長することで、今度はアジアが生産地から巨大な消費地になったということです。今、大きく動き始めていて、10年後にもっと大きくなる流れに乗ることが重要です。社会・経済の大きな流れに乗ったビジネスモデルを構築する力が求められています。
つまり、企業に求められる戦略は、次の三つしかないわけです。
- オンリーワンを徹底して、グローバル化の中で生き残る
- 自分のビジネスを守ることに専念して、激しい調整の中で何とか生き残り勝ち組になる。
つまり中流のところで生き残るさもなければ、 - ビジネスモデルを磨いて、時代の中で新しいマーケットを築く

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そうなると「人材」の在り様にも変革が求められます。かつての日本のように、単純に規模拡大して成長している段階では、日本型の雇用システムでまったく問題はありません。しかし、グローバル化が進み、国内で構造調整が生じるときに必要なことは、これまでの雇用の一部を外に放り出して、新しい人たちを入れるという循環のスピードを速くすることです。しかし、現状の厳しい解雇規制と非常に脆弱なセーフティネットというのは、組み合わせとして最悪です。これは政治の問題かもしれませんが、政策的に見ると、もっとお金をかけてでも、教育訓練を含めた雇用のセーフティネットをしっかりと構築し、他方で企業に対してはより柔軟な雇用調整を認めていく形にしていかなければいけないと思います。

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もう一つは人材の問題です。残念ながら日本にはグローバルな中でやっていけるだけの人材が非常に不足しています。日本人が国内で日本人に教えて、日本の仕組みの中で日本語しか話さなくて、それでその日本のビジネスを海外に持っていって、日本式を海外に押し付ける…。これではグローバルビジネスがうまくいくわけがありません。
採用でも外国人をどれだけ雇うのかということが大きな流れになってきています。これにより日本国内の人材も刺激されます。私のゼミも外国の学生が随分来てくれましたが、日本人学生の目の色が変わってきました。特に、ゼミを今日から1日中英語でやる、というときに面白い現象が起きます。そういう"揺らぎ"のようなものが、意識転換には重要かと思います。

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そのほかの点では、詳細までは時間がないので触れられませんが、外部労働市場をいかに強化していくかということと、やはり女性の活用が重要なポイントでしょう。これだけ女性の進出が遅れているのは日本と韓国だけですよね。だから、日本にとって未来は素晴らしいといえるのです。人口の半分を有効活用していないわけですから。
最後に、もう一度結論だけ申します。シュンペーターが正しいかもしれない。創造的破壊を我々は覚悟しないといけないということです。しかし、それを悲観的にとらえる必要はありません。むしろ、新たな流れの中には大きなチャンスがたくさんあるということです。時間になりましたので、これで私の話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
本日は、グローバル経済が個々の産業や企業にどのような環境変化をもたらしていくか、そういう中でどういう対応が迫られているかということを中心にお話をさせていただきます。


