基調講演 グローバル化経済に立ち向かうために〜日本の産業、企業、人材に求められる変革とは〜 伊藤元重氏 東京大学大学院 経済学研究科 教授

本日は、グローバル経済が個々の産業や企業にどのような環境変化をもたらしていくか、そういう中でどういう対応が迫られているかということを中心にお話をさせていただきます。

1.「創造的破壊」がキーワード

東京大学大学院 経済学研究科 教授 総合研究開発機構(NIRA) 理事長 伊藤元重氏
東京大学大学院 経済学研究科 教授
総合研究開発機構(NIRA) 理事長
伊藤元重氏

経済学の世界で「オーストリア学派」といわれている考え方があります。代表選手は、20世紀にケインズと覇を競った有名な経済学者、ジョセフ・シュンペーターです。

オーストリア学派のキーワードは「創造的破壊」です。つまり、古いものが壊れないと、新しいものは出てこないということ。今後の日本を見るうえで、これは非常に参考になる考え方かもしれません。

激しい変動がない中で、徐々にあまり波風を立てないで変化できればそれに越したことはないわけです。しかし、残念ながら、市場経済はそう単純なものではなく、いわば、激しい破壊があって、初めて新たなエネルギーが出てくる。

これから5年程度の日本の産業や社会を考えたときに、我々が警戒しなければいけないのは、創造的破壊のようなことが一気に押し寄せてくるということです。これまでの経済・産業の動きにとらわれるのではなく、大きな断絶や創造的破壊が起きたときに経済は大きく動き始める、ということをまず申し上げておきたいと思います。グローバル化や産業の再編はその契機と言っていいでしょう。

2. ”世界の経済地図”が変化している

人口構造から見たグローバル経済

グローバル化の最も重要なポイントは、「今、世界経済の軸が、先進国から新興国にものすごい勢いで動いている」ということです。

世界のGDPの50%を先進国が生み出しているわけですが、その先進国の人口が一斉に高齢化しています。オーバーな言い方をすれば、人類がこの地球上に現れてきてから初めての現象です。一方、新興国では中国は一人っ子政策をとっていましたから例外ですが、インドも中東もトルコもブラジルも、圧倒的に若者が多い。インドは24歳以下が人口の約50%を占めるほどです。新興国の人口ピラミッドは、若い層が大きく膨れており、先進国の富は成長著しい新興国の投資に向けられています。グローバル化の中で、大変なスピードで経済のウエイトが先進国から新興国へシフトしてきているという事実。この点を我々はきちんと押さえておかなければいけません。

デジタル技術の革新も新興国を後押し

デジタル技術の革新も、新興国の成長を後押ししています。例えば、金融の世界ではリアルタイムで膨大な情報を処理していますし、また物流・流通についてもデジタル情報なしには、膨大な量の物流情報が動きません。デジタル技術がそのインフラを担っているわけです。

デジタル技術の革新は、新興国に大きなチャンスをもたらしています。だれでもどこでも、世界のマーケットにアクセスできる時代になっているということが大きな要因です。

アメリカにウォルマートという会社があります。日本でも西友のオーナーとして知られていますが、年間40兆〜50兆円の売上高を誇る、常にエクソンモービルと世界一を争う大企業です。何が面白いかというと、人工衛星を2個使っているということ。ウォルマートは中国で毎年2兆〜3兆円の商品を調達していますが、世界中からものを買って、それをアメリカの4000の店でリアルタイムに、いつどこでどの商品をどういうふうに物流させ、また在庫させていくかというサプライチェーンマネジメント(SCM)を行うためには、それだけの情報処理システムが必要なのだそうです。

そのウォルマート、まさにグローバル化とデジタル技術の権化のような会社ですが、ある雑誌に「ウォルマートが中国の企業を鍛えている」と書かれていました。つまり、ウォルマートのような膨大な販売力を持つ小売業に、自社の商品を売ってもらえるかどうかは、企業にとってみれば命運を賭けた動きになるわけです。例えばウォルマートでは膨大な数のフラットテレビ・液晶テレビが売られるわけですが、それがサムソンなのか、LGなのか、シャープなのか、パナソニックなのか、東芝なのか、あるいは台湾のメーカーなのか、これはウォルマートが決めること、消費者が決めることなのですが、ウォルマートの販売網にのせてもらえるかどうかは、企業にとって大きなポイントになってきます。

このようなグローバルなものの流れの中で、中国に巨大企業が数多く生まれています。よく例に出されるのが、台湾系の電器製造大手のフォックスコンです(編注:世界最大の企業「鴻海精密工業(HonHai PrecisionIndustry:ホン・ハイ・プレシジョン・インダストリー)」のブランド名)。30年ほど前に台湾人が数人で作った会社が今や深圳(シンセン)に、50万人を超える従業員が働く工場を擁しています。この工場で作っている製品は、パソコンでいえば、HP(ヒューレッド・パッカード)と、デルとソニーのバイオ、アップルのマッキントッシュ。携帯電話ではノキアにモトローラにアップルのiPhone。iPodやiPadもそうです。あるいは、ゲーム機では、任天堂のWiiとDS、ソニーのPSPにマイクロソフトのXbox360。こういう商品が、わずか一つの企業の工場で作っているという、この事実が大事です。そういう化け物みたいな企業が、中国だけではなく、新興国に出始めてきていて、それはデジタル技術なしには考えられないわけです。

このように、世界の人口構造の変化とデジタル技術の革新は、世界の経済地図を大きく変えてきています。現在のグローバル化の重要なポイントは、新興国の台頭だということです。

”アジアの経済地図”も変わる

我々にとっては、これは特に大きなインパクトがあります。アジアには、グローバル化の"大物"である中国やインド、ASEANという巨大な国・地域があるからです。他の地域における新興国の台頭とは規模が大きく異なるわけです。その意味で、経済ジオグラフィー(地理)の変化のマグニチュードというものを認識しておくことが重要です。

海外研究機関のレポートを見ていると、あと25年もすると、日本より大きな国・地域がアジアに三つできるとあります。すなわち、日本の4〜5倍になっているかもしれない中国と、日本の3倍ぐらいになっているかもしれないインド、そしてインドネシアを中心としたASEANです。ですから日本が圧倒的に大きかった時代から、日本がアジアの大きな国の中の一つに過ぎないという状況に変わっていきます。

日本国内の産業の姿は大きく変わらざるを得ないでしょう。私が非常に懸念しているのは、日本企業がアジアの成長スピードに完全に乗り遅れているということです。日本の社会・産業・経済が、この変化のスピードを読み間違っているのではないかということです。

ドコモのスマートフォンは1年間に200〜300万台売れたということで活況を呈しているが、インドでは1年間に携帯電話が2億台売れたのです。インドで売れている2億台の携帯電話と、日本で売れているスマートフォンは同じ携帯電話でも、違うといわれてみれば違うかもしれないが、ただその市場の成長スピードというものを理解しないといけません。

ですから、このグローバル化というのは、我々の足下からいろいろなものを破壊していく。自動車も家電も、日本を代表する産業は、国内では儲かっておらず、海外で儲けています。グローバル化で日本企業が生き残るためには、海外への進出をもっと加速化することが必要ですが、そうなると、国内では雇用も下請企業も地域経済も厳しい状況にならざるを得ません。

日本の貿易構造の変化に注目する

しかし、重要なことは厳しいことばかりではないということです。そこには大きなチャンスがあります。ポイントは、日本の貿易構造の変化に注目することです。日本企業が海外に出ていくと、日本の輸出がどんどん減少して日本国内は空洞化するだろうという議論がありますが、私は、これはかなり怪しい議論だと思っています。

第1回のノーベル経済学賞を授賞したオランダのヤン=ティンバーゲンという有名な経済学者の研究に「貿易における引力の法則」というものがあります。つまり、二つの国の距離が近いほど、そして、それぞれの国の経済規模が大きいほど、2国間の貿易額が大きくなるという理論です。なんとなく分かりますよね。台湾のほうが中国より距離が近いけれども、日本と台湾の貿易額より、日本と中国の貿易額が多いのは、中国が経済規模の大きい国だから。また同じ大きいといっても日本とアメリカの貿易額より、日本と中国の貿易額が多いのは、アメリカが遠いところにあるから。最初の論文が出たのは1960年ですから、それから50年。統計的に見て、あまりにもこの引力の法則が当てはまるため、多くの経済学者がこの理論的背景や統計的な意味を研究してきており、相当信用できる理論です。これからの10〜20年、近隣諸国はどんどん大きくなるわけですから、引力の法則を通じて、日本の輸出は伸びていくし、輸入も伸びてくる。この学説が正しいとすればそういうことになります。

3. 産業はどう変わるのか

生産年齢人口の減少と既存ビジネス

そうすると、双方向貿易が前提になったアジア経済と日本経済の一体化、その中で日本の産業はどうあればいいのか、という視点が重要になってくることが分かります。

アジアで通用するものであれば、国内であろうが、輸出しようが、海外でやろうが、いろんなチャンスが出てきます。つまり、アジアの中で通用する商品であればよいわけです。逆に、日本よりも優れたものが外にあれば、簡単に相手にやられてしまう。ある意味で、産業の選択と集中が始まる。日本国内市場に守られた形でやっているビジネスではなくて、やはり比較優位構造を先鋭化する必要がある、これが一つ目のポイントです。

二つ目のポイントは、国内の伝統的なマーケットが急速に縮小していることへの対応です。人口や経済規模(GDP)だけを見ていると読み誤ります。日本では高齢化の進展に伴い、15〜64歳の生産年齢人口が急速に減ってきています。今後、生産年齢に相当する人たちを主な顧客にしたビジネスは想像以上に減少するでしょう。乱暴な言い方ですけど、国内マーケットだけを見ていたら、キリン・アサヒ・サントリー・サッポロの4社全部は生き残れないわけです。ですからキリンとサントリーが合併しようとしたのは、きわめて自然な流れなのです。

国内ではそういう業界ばかりなのです。政府も金融機関も、企業も、これまで産業の構造調整を先送りしてきました。先日、日経新聞を読んでいたら、日本全体で13%が空き家だという。それなのにまだ住宅建設が続いている。そして住宅が売れず業界が苦しくなって政府は何をしたかというと住宅減税です。そういうシステムがすべて悪いと言うわけではないですが、そうしたことを繰り返してきて、この20年間で日本はよくなりましたか。

いずれにしてもこのゲームはもう終わりなのです。政府に金がないのですから。銀行だって生き残るためには変わらなきゃいけない。厳しくとも、やはり今の日本に必要なのは創造的破壊なのです。

そしてここから先が大事なのですが、決してそれを悲観的にとらえる必要はないということです。マーケットが2割縮小するといえば、業界の売り上げ自体が2割減るということではないのです。2割の企業が消える、ということです。2割の企業が消えれば、8割の企業の売り上げは現状維持なのです。もしマーケットが2割減少したときに、3割の企業が消えてくれたなら、残った企業は1割売り上げが増える。そういう問題なのです。創造的破壊は厳しいですが、産業がなくなってしまうというわけではありません。

少子高齢化が進む日本では「医療・介護・健康」「環境」「安心・安全」といった分野で新たなビジネスモデルを創り上げることができれば成長は可能です。しかし、こうした新たな成長分野に日本の資源(人材・資金)を振り向けていくためには、過剰供給、過剰雇用、過剰キャパシティになっている既存産業の構造調整はやはり避けて通れない問題です。いよいよ日本は待ったなしのところまで来ています。

4. 企業に求められる戦略

スマイルカーブという視点

企業には、自社のポジショニングを先鋭化することが求められます。「スマイルカーブ」という形でまとめることができるかもしれません。スマイルカーブとは、真ん中がへこんで、両側が上がっている曲線のことを言います。どういうことかといえば、上流と下流は儲かるけれども、真ん中は儲からないということです。もちろんこれは非常に単純化した議論ですからもっと精緻化しないといけないのですが、言っていることは非常に重要なことです。

オンリーワン戦略

では、なぜ上流が儲かるのか。それはグローバル化だからです。村田製作所は非常に業績がいいですよね。理由は簡単です。今世界中でスマートフォンが売れているからです。スマートフォンを作るためには、村田製作所の高度でコンパクトなコンデンサが必要になる。上流でオンリーワンを持っていれば、グローバル化は非常に大きなチャンスなわけです。

再編を生き抜く力

真ん中は儲からない。なぜかというと、日本の国内市場が成熟化しているからです。今から10年前、中国でこういう話をしていたら、終わった後、中国の経営者が質問に来まして、「伊藤さん、スマイルカーブは面白い。でも、中国は逆だ。真ん中が儲かって上流と下流が儲からない」と。中国では、まだ村田製作所とかグーグルとかインテルとか、あるいは、世界で勝てるようなところはまだないわけです。下流も、中国はまだ成長市場でマスのマーケットですから、自動車は走ればいいし、冷蔵庫は冷えればいいわけです。上流と下流が儲からなくて、ひたすら真ん中が儲かるわけです。どんどん需要が増えていくわけですから、より多く作って、より安く、より早く開発して、より効率的に流通をさせるという部分が必要ということです。

日本もバブルが崩壊する20年前まではこうでした。その後バブルが崩壊して、国内市場が成熟する中で、どんどん真ん中が縮小していって両側が上がってくるようなスマイルカーブになっています。したがって先ほど申し上げた、過剰供給・過剰雇用・過剰キャパシティで壮絶な再編と調整が起こるのはこの真ん中の部分ということになります。つまり旧来のビジネスを守ろうと思ったら、とにかく、自分の競争相手が早くいなくなることを願って生き残りにかけるしかない。これは、決して後ろ向きの政策ではなくて、それが一つの流れなのです。

社会・経済の大きな流れに乗ったビジネスモデルの構築

そして下流の部分が日本のチャレンジなのです。常にユーザーに近いところにいる企業は、非常に大きな可能性があります。下流で生き残るカギはビジネスモデルをしっかり構築することです。優れたビジネスモデルを早く開拓できれば、競合をリードできるだけではなくて、大きな流れを生み出すことになります。ビジネスモデルを構築する最大のポイントは、突然素晴らしいアイデアが湧いてくるのを待つことではなく、世の中の流れに乗っていくことです。例えばユニクロは、アジアの成長という流れに乗った。アジアでの生産力がどんどん増えていく中で、併せて徹底的に少品種多量販売の展開を日本で行い、この20年間で成功してきました。ユニクロにとって幸運だったのは、柳の下にもう一匹ドジョウがいたのですね。アジアが成長することで、今度はアジアが生産地から巨大な消費地になったということです。今、大きく動き始めていて、10年後にもっと大きくなる流れに乗ることが重要です。社会・経済の大きな流れに乗ったビジネスモデルを構築する力が求められています。

つまり、企業に求められる戦略は、次の三つしかないわけです。

  • オンリーワンを徹底して、グローバル化の中で生き残る
  • 自分のビジネスを守ることに専念して、激しい調整の中で何とか生き残り勝ち組になる。
    つまり中流のところで生き残るさもなければ、
  • ビジネスモデルを磨いて、時代の中で新しいマーケットを築く

5.「人材」に求められる変革

限界に来ている終身雇用制度

そうなると「人材」の在り様にも変革が求められます。かつての日本のように、単純に規模拡大して成長している段階では、日本型の雇用システムでまったく問題はありません。しかし、グローバル化が進み、国内で構造調整が生じるときに必要なことは、これまでの雇用の一部を外に放り出して、新しい人たちを入れるという循環のスピードを速くすることです。しかし、現状の厳しい解雇規制と非常に脆弱なセーフティネットというのは、組み合わせとして最悪です。これは政治の問題かもしれませんが、政策的に見ると、もっとお金をかけてでも、教育訓練を含めた雇用のセーフティネットをしっかりと構築し、他方で企業に対してはより柔軟な雇用調整を認めていく形にしていかなければいけないと思います。

グローバルに対応できる人材をどう確保するのか

もう一つは人材の問題です。残念ながら日本にはグローバルな中でやっていけるだけの人材が非常に不足しています。日本人が国内で日本人に教えて、日本の仕組みの中で日本語しか話さなくて、それでその日本のビジネスを海外に持っていって、日本式を海外に押し付ける…。これではグローバルビジネスがうまくいくわけがありません。

採用でも外国人をどれだけ雇うのかということが大きな流れになってきています。これにより日本国内の人材も刺激されます。私のゼミも外国の学生が随分来てくれましたが、日本人学生の目の色が変わってきました。特に、ゼミを今日から1日中英語でやる、というときに面白い現象が起きます。そういう"揺らぎ"のようなものが、意識転換には重要かと思います。

外部労働市場の強化と「女性」の活用拡大

そのほかの点では、詳細までは時間がないので触れられませんが、外部労働市場をいかに強化していくかということと、やはり女性の活用が重要なポイントでしょう。これだけ女性の進出が遅れているのは日本と韓国だけですよね。だから、日本にとって未来は素晴らしいといえるのです。人口の半分を有効活用していないわけですから。

最後に、もう一度結論だけ申します。シュンペーターが正しいかもしれない。創造的破壊を我々は覚悟しないといけないということです。しかし、それを悲観的にとらえる必要はありません。むしろ、新たな流れの中には大きなチャンスがたくさんあるということです。時間になりましたので、これで私の話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。

特別講演 ミドルからスタートする企業の人材改革 〜変革に向かう企業組織活性化のあり方とは〜 野田 稔氏 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授

1. 社会のためにイノベーションを起こすのが企業の使命

明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏
明治大学大学院
グローバル・ビジネス研究科 教授
野田 稔氏

「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある」

「企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである」

どちらもピーター・ドラッカーの名言です。企業は内向きであってはならず「社会の機関」としてその役割を果たさなければならない。そして、企業の目的は顧客を創造することだと言います。創造とは、それまで何もないところに何かを作ることです。企業がイノベーションを起こし、新しい価値を提示すると、人々は驚きます。

「そんなサービスが世の中には存在するのか」「これはぜひ買いたい」

この瞬間に、人々はただの人々から市場へと変わるのです。まさに「顧客が創造」されるわけです。社会に数多くある機関の中で、イノベーションを起こせるのは企業だけなのだとも、ドラッカーは言っています。もちろん、政府機関や例えばアメリカであれば軍の研究機関がイノベーションを起こすことはあります。しかしそれが民間に転用されるためには、必ず企業の手を経なければいけない。すなわち企業こそが、我々人類を進歩させ、我々をより快適に豊かにするイノベーションの担い手であるということです。

1950年代、我々の先達である経済同友会の経営者たちが「経営者の社会的責任の自覚と実践」という決議をしました。

「企業は新しい価値を生み出し、雇用を創出し、人類の進歩を加速する」日本人の経営者たちです。もう一度、我々はこの高い志を深く心にとどめるべきではないか。我々は社会を進歩させるために企業人としてイノベーションを起こす義務があると、心に期すべきです。それこそが日本を、そしてその企業自身を救うことになるのではないかと思います。

2. 企業の「ドミナントデザイン」の変化

「強い会社」から「賢い会社」、そして「志の高い会社」へ

企業の本質は今も昔も変わりませんが、時代とともに"マネジメントにおける力点の置き方"は変化してきました。

日本企業の多くは、戦後すぐ「強い会社」を目指しました。それ以来、一様に「強い会社」を目指してがんばってきたわけですが、1980年代半ばになると、それだけではどうも勝てなくなってきました。そこで、第二世代「賢い会社」を目指す時代になります。規模の拡大は続きますが、第一世代に比べると多角化や海外進出などより賢くないとできないことを進めます。第一世代のときはアメリカの物まねをしているとおおよそ勝てたのですが、第二世代ではもう物まねはできなくなります。自社で「開発」を行う、頭を使う時代になったわけです。

この「賢くなろう」という時代はまだ続いています。しかし、ここ数年、その賢さの方向性が大きく変わってきました。従来とは違った賢さが求められるようになってきたのです。中国、韓国、ロシア、ブラジルなど、これまであまり戦ったことのない新興国の人たちと、ガチンコ勝負をしないといけなくなったからです。

競争の仕方が明らかに変わってきました。私はその一つの方向を「Power Smart2.1」と呼んでいます。ただ賢いだけじゃダメで、もっと骨太で強くガチンコ勝負に耐え得る、そうしたしたたかさを持った会社です。今、日本企業の6割から7割がこちらの方向に進もうとしているのではないでしょうか。社内公用語を英語にしたり外国人を多数採用するのは、パワースマートの一つの在り方でしょう。

ただ、それとは明らかに異なる方向を目指す会社も出てきました。「Sense 2.1」の企業です。パワースマートといえば、左脳(ロジカルで合理的な脳)と筋肉・体力の勝負です。ところが、Sense 2.1(センス2.1)の会社は、右脳を使い、感性を付加価値源泉に勝負しようとするものです。日本企業固有の強みとして私は「四つのK」があると思います。「快適」「健康」「きれい」「かわいい」です。これらは明らかに日本企業に一日の長があります。

しかし、実は一番大きな変化は、第三世代に向かっての流れです。志の高い会社を志向する若者が、昨今明らかに増えてきました。まだまだ一部かもしれませんが、誰もが欲しがるような優秀な学生に限って、少なくとも私の知る限りは、本業で社会問題をしっかりと解決できるような会社に就職しようとしています。ソーシャル・アントレプレナー、社会起業家とも言われますが、まさしくそちらを志向する学生が増えてきたのです。

社会全体を良くするために企業ががんばるというのは、日本の競争優位の源泉の一つです。例えば「清潔な国民は栄えるのだ」と声高らかに宣言して石鹸を作っていた花王という会社。当時の社会問題解決企業だったと思います。ヤクルトは、当時お腹をこわして死んでしまう子供が多数いて、お腹を守る強い乳酸菌を何とか広めたいと思った代田(しろた)博士が企業化しました。素晴らしい考え方です。私はこれもまた日本の進むべき一つの方向ではないのかなと思います。

3. 小さなトライアルチームを多数作り、試行錯誤を繰り返す

ところがそこには人材と組織の問題が立ちふさがります。多くの日本企業で「成功への過剰適応」と「ゆで蛙現象」という、二つの問題が生じているからです。「成功への過剰反応」とは、かつての成功者はその成功が足かせとなって次のイノベーションが起こせないことです。もう一つの「ゆで蛙現象」は「緩やかに起きる変化は認識しづらく、"しまった!"と思ったときにはすでにとき遅し…」というものです。このような状況ではイノベーションは起きません。

では、どうすべきなのか。そもそももう、かつての産業構造にはないわけです。そして、誰にも正解が分からないのが今の時代です。そのような時代にイノベーションを成功させるためには、小さなトライアルチームを多数作り、試行錯誤を繰り返すしかない。「多産多死」型のアプローチです。そのような中では、組織の上層部は現場で起こってくるイノベーションを支援する役割、まさにサーバントリーダーとして、その役割を果たすべきです。主役はあくまでも現場である、ということでなければいけません。

4. 大間違いの現場フラット化と上層部の階層化

ところが日本企業は、ここ数年間、大きな間違いを冒してきました。

「スパン・オブ・コントロール」(統制範囲の原則)という考え方を、皆さんも聞いたことがあると思います。例えば6人程度であれば十分面倒を見られるものの、これが36人になるとどうですか、当然、面倒なんか見られません。人間には認知限界があり、せいぜい10人内外の部下しか管理できないからです。それなのに、現場のフラット化は一時どんどん進められました。

組織のフラット化が進むと、現場では人材育成ができなくなります。プレイングマネージャーにされた人間はプレイすることに一生懸命で育成までは手が回りません。さらに問題なのは、現場での業務改革ができなくなることです。全員が木を見て森を見なくなるからです。業務を鳥瞰する人がいなくなり、イノベーションがまったく起きなくなる。行き過ぎたフラット化というのは、明らかにそういう問題を生じさせます。

しかも、現場がフラット化した一方で、上層部が階層化してしまった。昔、部長の上は取締役で、その上は社長でした。ところが今どうなりましたか。部長の上に何階層も設けられているでしょう。大変失礼な言い方になるかもしれませんが、当時のマネージャーたちが自分たちの既得権益を守るために、上層部を階層化したとしか思えないのです。全部現場にしわ寄せをし、そしてミドルを空洞化してしまった。こんなことでは、現場のイノベーション力を保てるはずがないのです。組織のフラット化により意思決定が迅速化するはずが、かえって遅くなっています。

今我々がやるべきことは、現場の自立性の強化とイノベーション力の強化であって、管理階層を強化することではありません。

5. ミドルのイノベーション力に注力し、現場力を活性化すること

日本では組織長がどうしても偉くて、いわゆるプロフェッショナル人材は大切にされてきませんでした。今後はそうであってはなりません。

イタリアには「プロジェティスタ」という職種があります。簡単に言えばプロのプロジェクトリーダー屋です。この人たちが、新しいことを数多く行っている。しかもそんなに若い人ばかりじゃないのです。経験豊かな人ですから、意外と中高齢者であったりもします。中高齢ですが、気持ちは若い人たちが、若い連中の力を借りながら、新しいことをやっている。若い人に花を持たせながら、イノベーションを起こしているのです。

日本でも、現場でとにかくイノベーションを起こしていく、そういった「社内プロジェティスタ」にもっと脚光を浴びせるべきです。そして、従来の組織長にはルーティンワークと人材育成をしっかりと担っていただく。

私はミドルの本来の役目というのはイノベーションを興すことだったと思います。もう一度、このミドルのイノベーション力に注力して、現場力を活性化すること。それによりさまざまな試みをし、その中から次の日本を支えるものを作っていく。これが、私の考えるこれからの日本の企業の姿です。

パネルディスカッション 日本企業に新しい仕事力を生み出すために 〜グローバル化時代の人材戦略の向かうべき方向〜

パネリスト:酒井 穣氏(フリービット株式会社 戦略人事部 ジェネラルマネージャー)吉田 寿氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 組織人事戦略部 プリンシパル)原 健氏(財団法人労務行政研究所「労政時報」WEB編集長) コーディネーター:野田 稔氏(明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)

1. 組織・人材の変化といま求められるもの

【野田】まず、伊藤先生の基調講演で、グローバルな環境の中で、日本という国がどんな位置づけにあり、我々がどう変えていかなければならないかというお話をうかがいました。その中で「イノベーション」という話が出てきましたが、私がその後を継いでイノベーションを起こせる組織をどう作っていくか、という話を展開させていただきました。

ここからはパネリストの方々と一緒に、これからの日本企業にどういったことが必要になってくるのか。それを人材面というところから聞いていきたいと思います。

まず酒井さん、前置きなしでおうかがいしますが、日本が置かれている、大きな変革が求められている現状で、これから一体どんな人材が本当に必要な人材と言えるのか。まずは持論を展開していただきたいと思います。

「職場コミュニティ」の外側へ広がる人と仕事のつながり

【酒井】いま職場として無視できない現状を、日本生産性本部の「産業人メンタルヘルス白書」が示唆しています。その調査では、1982年から毎年、「職場の人は皆よい人だ」という問いに「はい」か「いいえ」を尋ねているのですが、「はい」と答える人の割合は年々低下してきているのです。こうした変化の背後にあるのは、単に「人と人とのつながりがなくなった」ということなのか。そうではなく、もう少し構造的な理由があるのではないか、と私は考えていました。

酒井 穣氏 フリービット株式会社 戦略人事部ジェネラルマネージャー
酒井 穣氏
フリービット株式会社 戦略人事部
ジェネラルマネージャー

「職場のみんながいい人だ」と考える割合がドンドン下がっているということは、その「職場コミュニティ」が弱くなってきている一つの証と言えます。では、「職場コミュニティはどうしてできたのか?」ということを考えると、それは地域コミュニティの破壊の上にありました。

コミュニティを作る力というのは二つあって、その一つは移動手段の発達。移動手段が未発達だった昔は、村というそのものがコミュニティでした。しかし、より遠くへ行ける手段が発達すると、人間は「自分はこういうことがしたい」「自分と利害や心情、価値観などが似ている人とつながりたい」と考えるようになります。そこから職場の人たちとのつながり、職場コミュニティが一気に発達し、その背後では地域コミュニティの破壊が進んでいったわけです。

人と人とを結び付ける力となるもう一つは、情報伝達手段です。インターネットの登場は、電話のレベルの手段では実現できなかった人と人のつながりに、破壊的イノベーションをもたらしました。twitterやfacebookは、職場の外に新しいコミュニティをもたらし、そこでの人のつながりから、さまざまな新しい活動を生み出しています。まさに、インターネットは「距離の意味」を破壊する技術と言えるでしょう。

このように、「距離の意味」が破壊されていった後に起こるのは、どういう社会なのか――ということを考えると、『インターネットの向こう側で、その時の仕事のニーズに合わせて、プロジェクト的に仕事が発生するような未来』ではないかと考えます。先ほど野田先生から「プロジェティスタ」という話が出ました。これは企業の内側でのプロジェクトベースの話でしたが、こうしたプロジェクト型の仕事や働き方は、きっとこれから企業の外側へと広がっていくと思います。

こうした変化の中で、どういった人材が求められるのかというと、まず「インターネットという波に乗っている」こと。インターネットの向こう側で起こっている技術や、それらがもたらす新しい動きにキャッチアップができているということが、これから生き残れるかどうかに関して、大きなポイントになるだろうと思います。

【野田】「インターネットの波に乗る」というお話ですが、実際に組織の壁を超えて働く、働き方のイメージとして具体的な例があればご指摘ください。

【酒井】まだ組織の外に持ち出せる情報は限られているので、組織の外と社内の人とが、まったく同じということにはなっていません。ただ、ダベンポートという先生が2005年ごろに本を出していますが、「優秀なキーマンは、優秀性というものを必ず自分につながっているネットワークの中から得てきている」という指摘があります。

日常の仕事でも、例えば私の場合、社内で得られない情報を探しているときに、twitterでつぶやくとすぐに返ってきて必要なものが得られる。あるいは、「こういうものを探している人はいない?」といったことを、ネットワークの向こう側に尋ねることも簡単にできます。

グローバル化の下でスピード感ある改革が不可避に

吉田 寿氏 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 組織人事戦略部 プリンシパル
吉田 寿氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
株式会社 組織人事戦略部
プリンシパル

【野田】それでは引き続き、今度は吉田さん、これからの求められる組織、人材ということについての持論をお聞かせください。

【吉田】「失われた20年」という話がありましたが、私は当社に入社してから20年間、ずっと人事コンサルタントとして仕事をしてきました。90年代、2000年代に入ってからも、組織と人をめぐるテーマは、絶えることなく続いてきています。そして世間では、2010年は「グローバル人材育成元年」と言われ、「人事はグローバル化に対応しなければいけない」といった話がいま降って湧いたように出てきています。そこで、この先を考える前提として、これまで日本の企業が組織や人の面でどんな対応をしてきたかというところをお話ししたいと思います。

よく言われるように、バブル崩壊の前まで日本企業の主流は「年功主義」でした。それがバブル崩壊後、「能力主義」という言葉から過激に進んでいって、「成果主義」という方向が出てきた。いわゆる、アングロサクソン流の経営改革の手法に成果主義があり、日本企業も「これまでにないコンセプトだから取り入れてみよう」ということになった。年功主義の下でジリジリ賃金が上がっていくような、あるいは20年や30年かけて人を育てていくような気の長い話でなく、今日頑張った人は明日報いてあげようとか、半年頑張った者は半年後のボーナスに反映させてあげようとか、そういった形で人事の形態を変えてきたわけです。

一時期、成果主義人事の試行錯誤から弊害が現れ、「成果主義は失敗した」という話もありました。しかし、日本の企業には応用力があり、一時期失敗したと言われた部分をうまく補って、最近は「その会社なりの成果主義」をうまく取り入れている企業が増えてきているのではないかと思います。しかし、そこに至るまでに、実に20年かかっているわけです。その間、もっとスピードアップをして改革を進めていく手立てはないのかと我々も考えたのですが、人事の領域というのは、正直に言うと既得権の固まりで、これまで20年、30年と積み上げてきた既得権をすべて崩してしまうわけにはなかなかいかない。できるだけスピードアップした改革を進めたいと思いつつも、既得権のくびきに足を引っ張られながらここまでやってきているというのが、今の日本企業の現状なのではないでしょうか。

実際、この先はもっとスピーディな改革が必要になるだろうと思っています。というのは、これまでは国内での制度改革で済んだのですが、今後は海外を見据えていかないと日本企業は立ち行かなくなります。ご存知のとおり、最近は中国、東南アジアなど、新興国の企業がとても元気になっていて、かつては日本企業を見習って取り組んでいたサムスンなども、今では日本の企業は足元にも及ばないところにまできている。これも現実です。まだ多くの企業は模索している途中かもしれませんが、組織や人事の分野で新しいイノベーションを起こしていく必要性がある、ということを私自身痛感しています。

【野田】アングロサクソン流の若干乱暴な成果主義によるきしみが、20年を経て日本流あるいは各社なりの仕組みとして昇華されてきた。しかし今度は、日本流に適合させ生み出した仕組みそのものが足かせになって、グローバルに展開するときに、なかなか再転換できない――といった皮肉なジレンマはないのでしょうか?

【吉田】それは、至るところで起きていると思います。だからいま、日本の企業は試練の時期です。特に昨年当たりから本格化し始めた人事のグローバル化は、「あと20年かけてやればよい」という話ではありません。

私はアングロサクソン流がデファクトスタンダードとまでは考えていませんし、日本流の道もあるのではないかと思います。ただ実際のところ、日本企業がグローバル化対応した日本企業にとっての人事の最適モデルのようなものはまだ模索している最中なので、結論めいたことはあまり申し上げられません。日本企業の良さといったものを無くしてまで、グローバル化する必要性はないと思いますが、現実には改革へのスピード感が強く求められている中で、これにどう対応していくかは目下の大きな課題です。

戦略性をもって仕事をプロデュースする力が求められている

原 健氏 財団法人労務行政研究所「労政時報」WEB編集長
原 健氏
財団法人労務行政研究所
「労政時報」WEB編集長

【野田】それでは原さん、この20年間という話が今、吉田さんからも出ましたが、これまでの人材の変化について、調査もされているということですが、いかがでしょうか。

【原】吉田さんから、この20年間の振り返りというお話をいただきましたが、そこでも挙げられた成果主義が産み出したもの、壊したもの、そして発展させたもの、いろいろとあると思います。では、そうした制度の流れの向こう側にいる人材というのはどうなのだろう、ということを私たちは考えました。「失われた」と言われる20年間を経たいま、現実の職場を見渡してみたときに、本当に人は育っているのだろうか。

この20年間で実は、「仕事力」が劣化してきているのではないかという、素朴な疑問が沸き上がってきたわけです。

ではいま、どんな能力が求められているのか。「仕事力」というものをもう一度見つめ直してみようということで独自にアンケート調査を行いました。ここにご紹介する調査結果は、265人の人事担当者と約800人のビジネスパーソンからいただいた回答を集計したものです。まず人事担当者アンケートでは、若手社員から一人前になろうとしている人材を想定して、「どういう能力が求められるでしょう?」ということを自由記入式でお尋ねしました。その結果をまとめると、自分の手元の仕事だけではなく、それにつながる目的やビジョンを見据えて具体的に動かしていくための「全体把握力」、そして幅広いコミュニケーションを通じて周囲を巻き込んでいく、時にはうまく巻き込まれていく力としての「関係調整力」、この二つを組み合わせていく力というのがいま、現場で強く求められていると見て取れます。

全体を把握し、そして関係を築き、新たに生み出し、あるいはコントロールして仕事を進めていく。それは「仕事をプロデュースする力」、あるいは「経営力」とも言い換えられると思います。これまで多くはミドルマネジメント以上の社員層に求められていたこうした能力発揮が、一人前クラスの社員層にもより求められてきているわけです。そして、こうした「仕事力」の現状について併せて尋ねたところ、回答者の約7割が「仕事力の衰えを感じている」と答えています。

ちなみに、ビジネスパーソンにも、「いい仕事ができる能力とはどんな力ですか?」という視点で尋ねてみたのですが、最も多くの人が挙げたのは「戦略力」でした。調査を行う前は、「人には作れないようなものが作れる力」とか、「その人にしかできない力」のようなものが上位に上がってくるのかと思ったのですが、実際には「戦略を形作る力」が、今の時点では非常に大きく求められている、ということがここから見えてきます。また、同じ回答者に「仕事力のある人は増えているでしょうか?」と聞いてみると、「どちらかというと減ってきていると思う」という人が5割近くに上りました。

ここに見るように、求められる「仕事力」は、仕事を自らプロデュースして回していく、そのために自律的にビジョンを形作って引っ張っていくような力、そういったものが幅広く求められているのが現状です。では、それをどうやって組織から生み出していくかというのが、企業にとって、そして現場や人事にとっても大きな課題になると感じています。

2. マネジメントシステムの現状と課題

目標の「見える化」が、「考える」ことを見失わせている

明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏

【野田】今の「仕事力」というところで、さらに問い掛けをしてみたいのですが、私も成果主義人事の中にいたので、そのこと自体には抵抗感もないし、「上げた成果で評価されてどこが悪い」という感もあります。その一方で、その副産物的に、目標管理という仕組みが多くの企業に広まってきた。そこで個人がやるべき仕事と個人の達成目標が明確に定められて、逆に言うとそれ以外やらなくてもいいという風潮が生まれ、仕事がタコツボ化してきてしまったという状況も、何となく感じています。

仕事がタコツボ化するということと、いま指摘された「全体把握力」や「関係調整力」といったことは、「お前はタコツボの中で働け」と言っている一方で「全体を把握しろ」と言うような矛盾が生じていると感じます。吉田さんは実際にコンサルティングをやっていて、こうした矛盾についてどう思われますか?

【吉田】そういう話も至るところに出ています。やはり、「これが自分の仕事」というようにことさらに限定してしまうとダメなのです。ですから目標管理も、活用の方法や運用の部分で工夫をすることが必要です。もちろん今期、やるべき仕事を明確化して、ゴールを示し、どこまでやったらどう評価する――というのはとても合理的だと思います。そしてそれ以外のプラスアルファとして、「目標以外にやったことをキチンと自己申告しなさい」とか、自分の仕事を通じて部下や後輩への育成にどの程度取り組んだかといった点を含めて評価する、といった取り組みを加えるのが最近の流れになっています。いわば、「成果主義=結果主義」から脱しようという取り組みです。

【野田】酒井さんのご意見はいかがでしょうか。 仕事の戦略を把握して、全体を見て、というのはとてもよく分かる一方で、そうした人材育成はなかなか難しいと思いますが。

【酒井】2点指摘したいと思います。まず1点目として、アンケートでマジョリティをとっている意見というのは本当に正しいのかどうか――ということを考える必要があると思います。例えばいま、多くの人が「戦略が必要だ」と考えているなら、「それに強い企業になったらグローバルで勝てるのか?」ということを尋ねてみたいと思います。差別化戦略というのは、他の人と違うように考える、自分たちの頭で考える、ということが何より不可欠です。ここに挙がっている意見はもちろん意味深いと思いますが、その意味についてはセンシティブに読まなくてはいけないのではないかと感じます。

もう1点は、「タコツボ化」という話なのですが、それは相当にあると思います。最近ではバランス・スコアカードからキチンとKPI(Key Performance Indicator)に落とし込み、それを個人の目標設定に結び付ける。それだけではなお不十分なので、例えば「職場を元気にする力」といったように、自己目標を立てさせる例もあります。結局、そこまで目標を落とし込んで見えやすくしてしまうと、自分の頭で考える力、例えば「他の部署がどうなっているのか?」と見回して考える力が損なわれてしまうのではないか。便利になったマネジメントツールや外部のコンサルタントの頑張りに「考える」ことを委ねてしまって、自ら考えることをしなくなっているきらいがあるのではないかと感じます。

【野田】それはすごく感じます。「見える化」をするのはよいのですが、全部が見えてしまったら考えなくなってしまった。原さん、その辺のご意見はどうでしょうか?

【原】目標管理の中での「見える化」ということですが、私も5年間だけ企業の制度づくりのお手伝いしたことがありますが、そこで多く見てきたのは、会社が一所懸命に「成果主義」と言っているけれども、「成果」というものが十分に定義できていない、という例でした。例えば組織としての事業目標を、数値目標としては立てられるのですが、それが個人に対してどういう成果を求めるものなのかが明確になっていない。そのことが目標達成に向けて考えるべきこと、つまり「チャレンジ」の方向性を見失う、一つの大きな要因になってきているのではないかと感じます。ですから、数値目標だけがすべてではない。どんな方向へ成長していくのか、あるいはチャレンジをしていくのかということを、目標管理あるいは成果主義というツールから、もっと引き出していくということが重要なのではないかと思います。

【酒井】弊社の例で言うと、「インターネットをひろげ、社会に貢献する」という明確な企業理念があります。それに賛同できない人は、わざわざベンチャー企業に入社する必要はないわけです。そもそも好きで、情熱があって、「この理念は実現するよね?」ということで集まっているので、目指すべき成果はある程度は明らかになっていると言えます。

それを細かく定義することも大事だと思うのですが、目標管理制度というのは、「目標で管理する」制度ということで、「目標を管理する」ことではない。本人にとって「こういう理念を実現するために、こういうことを自分の目標に掲げたい」というものがあるから、「それが大事だよ」とドラッカーが提唱して始まっているのだと思います。組織としての共通理念がしっかり根付いていて、「俺はこういうことをやってみたい」ということがその理念にマッチしていれば「よし、やってみろ」という話になるわけです。

目標管理というのは当然、低い給料を従業員に納得させるためのツールではないはずです。しかし実情は、そのことのために精緻化されているような感じがしていて、「ここはこうだから、もう少しだったよね」と言うためのツールになっているのではないかと思います。私自身、「そもそもそうではないだろう」という気持ちが、制度を使っていてすごくあります。

人材の自立性を引き出すための手立てとは

【野田】まさにそうです。MBOというのは、「マネジメント・"by"・オブジェクティブズ」の略語で、目標という手段を使うということであって、目標"を"管理するのではない。酒井さんのお話は、一種の自己目標化、自分でキチンと全体を把握して目標を立てていく――そういう意味ではアンケートの方向性と合っていると言えますが、これを実現する手立てについてはどう考えるべきでしょうか。

【吉田】ご指摘があったように、いま、組織の中に置かれている自分に対して、組織が何を期待しているのか。あるいは置かれている職位やポジションに応じて、自分は向こう半年や1年の中で何をやっていったらいいのか、そのあたりがあまり認識されないまま、目標管理だけがルール化されて動いてしまっている。その結果、目標まで届いたか届かなかったか、ボーナスが上がるか下がるか、といったところにばかり目が行ってしまう。

おそらく今日の「仕事力」というテーマにも関連すると思うのですが、重要なことは、成果を目指してだれにどんな働き掛けをして仕事を進めていくのか、あるいは成果を上げるための最短距離はどこにあるのか――そういったことを、仕事を通じて学習することが大事になってくる。そこを安易に結果だけを求めているので、「半年でこれをやらなければいけないから、それで給料が決まる」とか、「ボーナスが決まってしまう」というと、人間ですから目先のことを考えてしまう。

そうではなくて、自分がいろいろと仕事でトライする中で、小さな成功をしたり、小さな失敗をしたりして、自分自身で学んで、「こういう目標の場合は、こういう手順で、こうしたらこんな成果が上がる」といったようなことを、試行錯誤しながら、探っていきながら自分なりの仕事のスタイルというものを身に付けていく。そういう人材が、仕事力がある人材ということだと思います。

【野田】問題は、それを許さないような制度や、雰囲気になっているというところにありそうな気がします。そういったものについては何か手があるのでしょうか?

【吉田】正直、私も「これだ」というほどの自信はないのですが、うまくいっている現場で特徴的なのは、上司と部下とのコミュニケーションがよくとれている点です。最近はコーチングの勉強される方も増えていますが、部下は一人ひとり違うので、A君とB君に対する仕事の指示の仕方、与え方はそれぞれ工夫して変えていかなければいけない。細かく上司がフォローして、「どうやったら、この仕事はうまくいくだろう」ということを一緒に考えているような職場は、比較的うまくいっているようです。

パネルディスカッション 日本企業に新しい仕事力を生み出すために 〜グローバル化時代の人材戦略の向かうべき方向〜

3. 人のつながりが成長を生み出す

ソーシャル・キャピタルから活性と成長が生まれる

【野田】上司と部下との関係という点で、ベンチャー企業では多分熱っぽい雰囲気が生まれてくるのだと思うのですが、酒井さんはどのようにコントロールされているのですか?

【酒井】職場学習論という、東京大学の中原淳先生が提唱されている話なのですが、上司と部下の関係として、上司が先生で部下が生徒という時代は終わっている。基本的に人間は、自分の関係性の中、ネットワークの中で成長するわけで、特に業務能力ということに関しては、実は上司が事細かに教えても、まったく有効ではないということが分かっているわけです。

そう考えると、現場の力を上げるには結局、横の関係か斜めの関係、同期もしくは課長会といったつながりがすごく重要になってきます。その意味で、ソーシャル・キャピタルを高めるという視点から、俗っぽい言葉で言うと"楽しくて元気な職場"というものを人事部が影でプロデュースすることが必要と思います。例えば、課長会が何回くらい行われているか確認したり、同期によっては97年に入社した同期はすごく仲がいいのに、98年に入社した同期は全然仲がよくないといったことを把握しておかなければいけないし、ダメだったら「なぜ?」ということをインタビューしてみたり…という具合です。

【野田】ソーシャル・キャピタルということで言うならば、私は今、「リフレクション・ラウンドテーブル」という運動を、JFeel(ジェイフィール)という会社でやっています。これはマネージャークラスが対象で、ミーティングは1回70分。朝の始業前に30分、就業後は40分だけ食い込ませて、簡単に言うと「負担を減らしてやろう」ということなのですが、そうして毎週1回必ず会う。それを何十回も繰り返すわけです。

私たちは最初、MBAコースのミニ版だと思ってやり始めたのですが、実はそこでのコミュニケーションがすごく大切で、特に「マネジメントハプニングス」というものを最初の15分間やる。これは何かというと、この1週間で起こったマネジメント上の問題を、腹を割って話そうということです。面白いもので、最初はマネージャー同士というのはお互いライバルだと思っていますから、よいことしか言わないのですが、だれか1人が本音を言うと、「この場所は安心な場なんだ」ということが分かるので、後はドンドン出るのです。

一番よかったのは、「悩んでいるのは私だけではない」という感覚になるらしいのです。マネージャーはだれもがちょっとずつ悩んでいるのだけれど、「こんなことで悩んでいるのは自分だけではないか」とみんなが思っている。この場での対話で「そうではない」ということが初めて分かり、ある人は、「雲が晴れて青空が見えたような気がした」という表現をしていました。ソーシャル・キャピタルというとすごく格好よくて、ナレッジマネジメントなどというデジタルのことを考えるようなものが、実はすごくヒューマンな面、メンタルな面もあるのです。

研修もソーシャル・キャピタルを高める重要な機会

【酒井】まさにおっしゃるとおりと思います。私は今、グループ会社の課長全員を集めて「社内MBAコース」というものをやっています。全15回のコースでMBAの勉強をするのですが、それは表のカリキュラムで、隠れたカリキュラムは、要するに単純接触効果です。人は何度も会っている人を好きになってしまうので、そこでとにかく横のつながりを生み出すということが、実は一番大きなテーマです。こうした研修という切り口からでもソーシャル・キャピタルは必ず築けると思います。

【野田】なるほど。面白いですね。研修というのは嫌なものではなくて、ソーシャル・キャピタルを作るための機会であると。

【酒井】だから講義型の研修ではダメで、インタラクションがたくさん起こるような研修にすれば、少なくとも職場は明るくなります。

【吉田】私も仕事柄、いろいろな会社の部課長クラスの研修をやりますので、同じようなことを感じることがあります。例えば、人事制度の定着化のための活動ということで、評価者研修のようなものがあります。そうした機会も、一つのソーシャル・キャピタル醸成の場になっていて、例えば「新しい人事制度はこうなります」といった講義のほかに、現場で実際に評価制度を運用する中で、これまで困っていることについて、「皆さんで議論して、どうやったら解決するか、ということを発表してください」というようなセッションを作ったりするんです。これがすごく好評なのです。

先ほど野田さんがおっしゃったように、「俺も実はこういうところで悩んでいたんだ」「私も実はこんなところで…」という議論が始まる。そうすると、そこに一つのコミュニティができて、発表をさせると嬉々として話すのです。「こういう場でしか、人事に文句が言えないから!」と言いながらやるわけです。人事もそれを真摯に受け止めて、例えば10個の問題が出てきたら、全部は難しいので1個でも2個でもいいからキチンと対策を立てて現場に返す。そうすると現場は「言ってみるもんだ」と思うわけです。「あんなことを言って、うちの人事はまともに取り上げてくれないと思ったけど、結構、言えばちゃんと反応するんだ」というのが分かると、次の研修の時に、またさらにいろいろと出てくる。これを繰り返すと、組織自体が活性化してくるのです。

「コミュニケーションの多さ」が仕事力のベースとなる

【野田】今のお話を聞いていると、すごく古くて新しい問題ではあるものの、「やはり現場のコミュニケーションというのが現場力を上げていくんだ」という話になってくる気がします。原さん、その辺はいかがですか?

【原】アンケート結果からもう一つご紹介したいと思います。先ほどと同じ、ビジネスパーソン831人を対象に行ったものですが、「『仕事力を身に付けて、より高める』ために必要なことは何か?」ということについて15問ほどの設問を立てて「あなたの考えはどちらに近いか?」という形で尋ねています。

全体を通じて、最も多くの人が「自分の考えに近い」と答えたのが『コミュニケーション量の多さは、高い仕事力を生み出すベースになると思う』というもので、指示した人の割合は全体の73%に上っています。これに次いで、『職場の帰属意識や一緒に仕事をしている人との連帯感、愛社精神は高い仕事力につながると思う』と答えた割合も多く、全体の3分の2に上っています。

もう一つ注目すべき点は、「優秀な個人が集まっている組織=仕事ができる組織」とは言い切れない。どんなに優秀な人が集まっても「いい組織」でなければ高い仕事力は発揮できない――と考えている人が多数を占めていることです。これは実証的にどうなのか、というところはやや検証しづらいのですが、「何より土壌となる組織が非常に重要なのだ」という点で多くの人の見方が共通していることが見て取れます。

4. “ハブ”人材をどう活用するか

人と人をつなぐ“ハブ”人材が新たな価値を生み出す

【野田】コミュニケーションの話で、もう一歩先に進めたいのですが、冒頭、酒井さんから時間制約や距離制約が移動手段の発達によって壊されることで、地域コミュニティが壊され職場コミュニティがそこで出てきた、というお話がありました。私もまったくそのとおりだと思います。

そして今後はITメディアというものが、職場の中でのコミュニケーションを変化させていくのではないかと思うのですが、そのあたりをお話しいただけますか。

【酒井】 コミュニケーションの先に生み出されるソーシャル・キャピタルに注目して考えると、ネットワークの中心であるハブとこれにつながるノードになぞらえた場合、「ハブになり得る"人と人とをつなげる力"がある人」と、「人を全然つなげられない人」という形に分かれていくのではないかと思います。

ネットワークの世界では「スケールフリー」というのですが、どういう意味かというと、スケールフリーなネットワークというのは、ノードがランダムに破壊されても全体のネットワークは維持される。逆に、ハブがピンポイントで破壊されるとネットワークが破綻するというところがポイントです。例えば生態系であれば、種の絶滅がランダムに起こっても全体としての生態系は保存されるようにできている。企業の場合は、社員の退職がランダムに起こっても、社内全体のネットワークは維持されるようにできているわけです。そういう意味では、これからもっと、だれがハブでだれがノードなのだという「だれ」の部分がより強く問われていって、企業なのか組織なのかということは、あまり重要ではなくなると思います。

社会全体の富を高めるためには、1人でたくさんの人につながることができる人材をみんなで共有していくべきで、そういう人が社内に閉じこもっているかというと、きっとそうはならない。先ほどの繰り返しになりますが、グローバルというのは距離の意味がなくなるということで、どこの国かということは関係がない。あくまでポイントは「だれ」とつながっているかということで、日本なのかアメリカなのかという話ではなく、宛名のある、個人名のある社会なのです。

人材活用のカギは、ワクワクする仕事・目的の共有

【野田】外とつながりながら個が際立ってくる。際立ってネットワークハブとなって外とつながっている人が、明らかに仕事を作っていくだろう――という仮説ですよね。

この点から二つお尋ねしたいのですが、こうした流れは会社にとってみると、自社の人材が外に逃げていってしまっている、あるいは忠誠心に欠けるようにとらえられることもあると思います。そうしたとき、会社はその人たちに対して、どういう態度で臨むべきかというのが1点目。

2点目は、この仮説がいわば仕方がない流れであると考える場合。外とネットワークをつなぎながら、仕事を作り出す人は、社会に価値を生むのだから、こうした流れは諦めざるを得ない。だとしたら今度は逆に、そういう人をアトラクト(誘引)できるような会社、組織というのは一体どういうものなのか。この二つの質問を順にさせていただきます。酒井さん、いかがですか?

【酒井】一つ目は、会社として、個が際立ったときにその人たちに忠誠心を求められるかということですが、「今まで会社に忠誠心があったのか?」という点が重要だと思います。会社へのロイヤリティという点では、むしろアメリカなどのほうが高くて、日本は単に退職率が低いだけで会社へのロイヤリティはそもそも低い。ただ、日本は流動性が非常に低い社会だし、転職してしまうと信頼が失われる。そのネガティブインセンティブによって押さえつけているだけなので、「ロイヤリティは大丈夫なのか?」という問題は、そもそもインターネットの登場以前から存在します。

二つ目は、そういう人をアトラクトできる方法ということですが、それはワクワクする仕事や目的を共有することができるかどうか、だと思います。インターネットは1997年から一気に広がり、普及率はもはや100%近くに及んでいます。このスライドは日本国内のNPO法人数の推移なのですが、この数字はインターネットの広がりと呼応するように一気に高まっています。こうした「ソーシャル・アントレプレナー」という流れが、なぜ盛り上がってきたのか。

つまり、今の会社という組織は、従業員に対して、本当のやり甲斐とか、たった1回の人生を賭けるのに値するような仕事を与えているのか――それに対する「NO」という回答がこうしたデータとなって現れているのではないかと思っています。会社の外で本当に価値がある活動に参加したい人が増えてきたけれど、今まではそれがなかなかできなかった。そこにインターネットが登場して一気に多くの人を結び付けるようになり、そのことがNPOへの参加を促したのではないかなと考えています。

【野田】ネットワークのハブになり得るような人たちにとって、モチベーションの源泉が昔とは変わってきたのだということですね。まさに、ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』ではないけれども、違った動機、例えば「お金がほしいから」だけだとか、「出世したいから」だけだとか、そういったことで企業が押さえつけることができなくなくなり、インターネットがそれを助長している。そういう人たちをさらにアトラクトしようとするなら、より高い価値を提供するほかにない――ということですね。

人材の流動を前提にした育成の考え方も必要

【吉田】私も同じような感じなのですが、そういった人たちにどう対応するか、というところでは、やはりいまの会社でないと提供できないような価値、あるいはその会社が持つ魅力度、そういったものをどう高めるか、ということしかないと思います。後は「どうぞ好き勝手にやってください」と。最低限のマネジメントは必要かもしれませんが、ある程度は野放しにして、適当に遊ばせるくらい度量のある会社になっていくことが必要でしょう。そういった場合には、ずっと人材を引き止めようなどといったことは思わずに、もし仮に転職されたとしたら、「いい人材を育てて、他の会社に送り出すことができた」くらいの懐の広さがないと、これからの企業はやっていけないのではないか、という気がしています。

【野田】ずいぶん昔に、私がアメリカの西海岸で、あるIT系企業にインタビューをしたときのことですが、その会社は人材育成にとても多くのお金を使っていました。その会社の離職率は、同業他社と比べれば低いけれども、それでもやはり高い。「どうせ辞めてしまう人に、人材育成費をかけるのは『盗人に追い銭』ではないのか?」と尋ねてみたら、「それは全然違う。これは二つの意味でのインベストメント(投資)なのだ」と言うのです。

その一つ目は、その人に投資をすれば、その人が成果を出すという教育投資本来の意味でのインベストメント。もう一つは、広告宣伝効果です。育成投資して育てた人材が辞めると、「あの会社は辞められるくらい育ててくれる会社」だとなる。しかも、その人が会社を辞めてからよそで成果を上げると、「あの会社にいるとちゃんと育つ」ということで、また次の人間が入ってくる。要するに流動化を前提とした議論をしているんです。とどめるとかとどめないということではなく、流動的であるという中で、どうやって最大のパフォーマンスを出すか、ということを考えていたので、私は非常に驚きました。もちろん度量が広いとも言えるけれども、それだけではなく、すごくしたたかだなと感じたのを覚えています。原さんはいかがですか?

成長を認め、新しい仕事・役割を与える仕組みづくり

【原】ハイパフォーマーをどうやって社内にとどめて活用するか、という点については、酒井さんがおっしゃったように、インターネットが登場する以前からつながっている話ではないかと思います。ドミナントデザインというお話がありましたが、高度成長から安定成長に経済が移り変わっても、バブルの手前までは、長期決済型の処遇の仕組みは普通に成り立っていた。「ずっといてくれれば、いつかはよいことがあるよ」「だから今は一所懸命に頑張って、その力を我々のために発揮してくれ」と。ただ、そういう構図が成り立たなくなったというのは明らかで、従来のドミナントデザインから一番大きく変わったところではないかと思います。

ただ、酒井さんがおっしゃったように、目標管理というのは安い賃金に対して納得させるシステムなのか。逆説的に言うと、「この人はハイパフォーマーだが、とても高い目標を立てて、それを達成したら会社はそれなりに賃金を払いますか」というと、これは難しい問題です。金銭的な報酬という意味では、当然、原資も限られますし、それによって一所懸命に引き止める、あるいはアトラクトしていくということは、構図として成り立たなくなっている。それならばやはり、「目標を達成したら、こういったよいことがあるんだ」という実感が得られるような仕組みが必要になってくるでしょう。例えば、自分の将来の目標に対して、これだけの成長を遂げたということを会社が認める。あるいは、それを新しい社内のポジショニングや役割、仕事の配分に反映していくとか、そうしたシステムをきちんと整備していくことも必要だと思います。

パネルディスカッション 日本企業に新しい仕事力を生み出すために 〜グローバル化時代の人材戦略の向かうべき方向〜

5. 結び一人事がこれから考えるべきこととは

【野田】さて、時間も迫ってまいりましたので、最後にお一方ずつに、これからということの視点で、人事および経営企画、そして経営者の方にエール、メッセージ、要望といったことを、一言ずつお願いしたいと思います。

【酒井】本日はどうも有り難うございました。大分過激なことを言いましたが、実は私も普段の経営会議で話していることは、きっと会場の皆さんと変わらないような普通の悩みです。ただ、世界がこれから破壊的に変わろうとしているのは明らかで、それがどういう方向に向かっていくのかということを、私はなるべく周囲のみんなと多く話すようにしています。

これからどう変わるか、というのは私も神ではないので分かりませんし、今日、お話したこととも大いに間違っているかもしれません。ただ、自分たちで「きっとこうなるからこうしていこう」ということを考え続けていないと、変わっていくことはできません。変わり続ける社会の中で、自ら変化していかなければ間違いなく存在は死んでしまいます。「どう変わるのか」ということに関して、今日の話は忘れていただいて全然構わないので、皆さんの同僚の方々とそういう対話を数多く重ねていただければと思います。

【野田】人事や経営企画が、議論を圧殺するほうではなく、議論をかきたてるほうに回っていくということですね。吉田さん、お願いします。

【吉田】まず、これからの人事は、海外を含めてもっと現場に出向いて行かないといけないと思います。最近、私も中国や東南アジアなどで仕事を機会が増えてきましたが、本社の人事サイドは、全然現場のことを分かっていないのです。あるいは現場の苦労が全然本社サイドに伝わっていない。それは、「現地の人間が一番よく分かっているだろうから、現場にまかせる」という保守的なスタンスの会社がいまだに多いからです。このグローバル化の波に、人事がこれからどう対応していくか。しかも、これはおそらく短期で対応していかなければならないので、かなり考え方を変えないといけない、ということが一つあります。

それから、昔は「人事屋」という言葉がありましたが、これからは「事務屋」「人事屋」「管理屋」といった人事ではダメです。今日のテーマにも関連しますが、「うちの社員の仕事力を高めるために、人事は何をすべきだろう?」とか、「もっと戦略的な視点から、人事施策をどう展開すべきか」という観点から新しいスキルを身につけることが人事部には求められると思います。

現状では、昔ながらの人事の領域だけに収まってしまう人事部門が多くて、例えば、経営計画や戦略から目標がブレークダウンされてきても、「これは経営企画マターなので」「戦略はうちの会社では役員が考えるから」というふうになってしまう。せっかくよい目標管理の仕組みを入れても、途中から分断されてしまって、そこから先のところに何ら影響力を持たない人事部門になってしまうのです。そうした部分で、必要に応じて経営企画も巻き込み、あるいは役員も巻き込み、自社の人事の仕組み、人材マネジメントの仕組みというものを考えていく。そういうスタンスが人事に必要になってくるのではないかと考えています。最近は、経営企画部門の中に人事のセクションを置く例が見られるなど、そうした変化も徐々に現れているようです。

【野田】実は、経営企画部長と人事部長は仲が悪い、という会社は少なくないようです。ある会社で面白かったのは、あえてこの二つの部の部長を入れ替えたのです。そうしたら両方の部長が、会議に一緒に出ないと分からなくなってしまうので、結局二つの部が融合した、ということがありました。これは荒療治の例ですが、人事の戦略家と、ヒューマンリソースと組織がよく分かる経営企画という両方が必要ということですね。原さん、いかがでしょうか?

【原】私からは、当研究所としてこれから皆さんに提供していく新しい取り組みについて、紹介させていただきたいと思います。今、お話がありましたように、これまでの管理的な事務、実務に注力していく人事の社内における位置づけは、おそらく今後は相対的に低くなっていくのではないかと思います。人事部門が経営にとって、あるいは社内の現場にとっての戦略パートナーとして機能していくためには今後さらに情報武装が必要になると考えます。さらには、人事パーソン同士、場合によっては企業を超えるような形でお互いを高め合っていく、そういった動きもこれから出てくるのではないかと思います。

私どもは『労政時報』という人事の専門情報誌を80年にわたって世にお届けしてきました。これまでは賃金交渉や労働条件、人事諸制度をはじめ実務情報を中心に提供してきたのですが、これからはさらに視野を広げて、経営企画的な視点や組織開発の視点、それを動かす戦略をどう考えるかという点などを含めて幅広い情報をカバーしていくためにWEBサイトを通じた情報提供をより強化していきます。

この5月から立ち上げる新サービス『WEB労政時報』では、情報誌の「労政時報」で取り上げた記事が最新刊までリアルタイムでご覧いただけるほか、過去10年分の掲載記事から必要な情報を自由に検索・ダウンロードすることができます。このほか、法令や各種調査など最新情報をアップデートしてお届けするコーナーや、規定・様式のダウンロードサービス、さらにはオンライン会議室などの議論の場も提供していく予定です。こうした新しいサービスを通じて、人事部門の皆さんが、さらに高いステージで活躍できるようなお手伝いをしていきたいと考えております。

【野田】伊藤元重先生の「創造的な破壊」というお話を皮切りに、本日の議論を進めて参りました。我々が「イノベーション」というときは、やはり明るい面にばかりに眼を向けがちですが、それには同時に痛みも伴います。しかし、痛みを恐れていたのでは、本当の意味では生き残れなくなってしまう。人事、経営企画の方々に向けて、私は「バランスが悪くて構わないから、一点突破で、実際にイノベーションを起こすという方向に舵を切っていただきたい」と思います。

私は、日本の企業はまだまだ強いと思っています。非常にポテンシャルがある。だから我々が本気を出して、新しい価値を作っていこうと、みんなで動いたら、まだまだいけると信じております。むしろ、いらないことへのエネルギーが多すぎて、それにエネルギーを取られるから新しいことが生まれないと思っています。ましてや、人事や経営企画が新しいことを行う人たちの足かせになるようになっていたのでは、まったく逆のことで、むしろそれを引っ張り出すような役割として、新価値創造を推進していただきたいと思いました。

これからも皆さんと一緒に勉強を続け、そして行動していきたいと思っております。本日はどうもありがとうございました。

エピローグ これからのプロジェクト研究に向けて

シンポジウムを振り返って

日本経済新聞社との共催による今回のシンポジウム『日本の仕事力は再生できるか〜勝ち抜く経営のための人的資源戦略〜』は、500人近い大勢のご来場をいただき、講演者の方々から提示された多くの論点と、それをめぐる活発な議論をもって無事終了した。

グローバル化とともに世界の経済地図が大きく変容している現在、競争優位の地歩を築くために日本企業はどのような戦略を描いていくべきか。基調講演をいただいた伊藤元重東京大学大学院教授は、ヨーゼフ・シュンペーターが説いた"創造的破壊"、既存の構造を激しく突き崩す大きな変化が、日本企業に厳しい転機と新たなチャンスをもたらすことを示唆。そこで勝ち抜くためには、国内市場の土俵にとどまらず、世界で比較優位に立つための戦略を先鋭化させていくこと、そこに向けたグローバル人材育成と活用の必要性があることをご指摘いただいた。

特別講演の野田 稔 明治大学大学院教授は、移りゆく成長企業モデルの具体的な姿を示す一方、イノベーションの創造を阻む現状の組織構造の問題を指摘。多くの企業が指向したフラット型組織が、今日、人材育成や現場での業務改革推進の足かせとなっていること。これからはその構造にメスを入れ、ミドル層の活躍の場を広げてイノベーション力を喚起していく、そこから現場力の活性化を図る新しい組織づくりが必要であることを強調された。

両氏の講演を受け、パネルディスカッションでは、フリービット(株)組織人事部の酒井 穣ジェネラルマネージャー、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)の吉田 寿プリンシパルに労務行政研究所 WEB編集長の原健を加えた3名で、組織・人事戦略のこれからの方向性についての議論を展開した。

経済活動のグローバル化を加速させているインターネット技術は、職場・組織という枠組みを超えた人と情報のつながり、新しいコミュニティを生み出し、それがワークスタイルや個の価値創造の変化を促している。その人のつながりの中核となって「ハブ」の役割を果たす人材が、企業や社会のイノベーションをリードしていく。そうした人材を企業が成長戦略の下で活用していくうえで、また戦略を支える人材育成を展開していくうえで、組織や人事システムが抱える課題は少なくない。その現実は、「仕事力プロジェクト」のアンケート(session1参照)でも、「仕事力の衰えを感じている」という多数意見から浮き彫りになっている。

では、いま人材の変革を目指す糸口をどこから見出していくべきか。後半のディスカッションで議論を集めたのは、"ソーシャル・キャピタル"というキーワードだ。人とのつながり、関係性の中で個の成長が促される。そのつながりをより強く豊富にしていくこと=ソーシャル・キャピタルを高めることが現場の力を活性させていくためには欠かすことができない。酒井氏からは、同期入社や課長会といったヨコあるいは斜めの関係強化の重要性が指摘され、コーディネーターの野田氏からは、「リフレクション・ラウンドテーブル」というリーダー育成プログラムで展開しているマネージャー間でのコミュニケーションからの成果が披露された。また、多くの企業の人事コンサルティングに携わる吉田氏からは、評価者研修での評価の悩みをめぐる議論が、管理者の新しいコミュニティ形成につながり、それを支援する人事担当者との信頼関係向上に寄与しているとの現場談をいただいた。

今後の研究に向けて−−新しい組織づくりを考える

今回のシンポジウムで、出演者の方々から何度となく挙がった"イノベーション"というキーワード。それはいま、グローバル化経済に立ち向かう日本企業に、そしてその組織と人材に求められる変化の在り方を象徴している。それこそが、私たちがこれまで検証してきた「仕事力」すなわち戦略力とチーム力を組み合わせた現場経営力が広い社員層に求められている一つの背景と言えるだろう。

イノベーションを生み出す力を育て、それを発揮させる土壌としての組織の在り方。その新しい方向性を考えていくことが、これまでのアンケート研究や2回のシンポジウムを通じて浮かび上がった大きなテーマと思われる。具体的には、組織の"ハードウエア"=組織デザインや制度の在り方と、組織の"ソフトウェア"=人のつながり構築やエンパワーメント、コミットメントといった動機付け――という2面から考察していくことが必要と言えるだろう。

これから「新しい日本の仕事力を生み出そう」プロジェクトでは、こうした『組織づくり』の方向性に視点を置き、どのような変革が求められるのか、そして人事部門や経営企画部門にとって施策・支援が必要とされていくのか――により注目して研究を進めていきたい。