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明治大学大学院
グローバル・ビジネス研究科 教授
野田 稔氏「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある」
「企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである」
どちらもピーター・ドラッカーの名言です。企業は内向きであってはならず「社会の機関」としてその役割を果たさなければならない。そして、企業の目的は顧客を創造することだと言います。創造とは、それまで何もないところに何かを作ることです。企業がイノベーションを起こし、新しい価値を提示すると、人々は驚きます。
「そんなサービスが世の中には存在するのか」「これはぜひ買いたい」
この瞬間に、人々はただの人々から市場へと変わるのです。まさに「顧客が創造」されるわけです。社会に数多くある機関の中で、イノベーションを起こせるのは企業だけなのだとも、ドラッカーは言っています。もちろん、政府機関や例えばアメリカであれば軍の研究機関がイノベーションを起こすことはあります。しかしそれが民間に転用されるためには、必ず企業の手を経なければいけない。すなわち企業こそが、我々人類を進歩させ、我々をより快適に豊かにするイノベーションの担い手であるということです。
1950年代、我々の先達である経済同友会の経営者たちが「経営者の社会的責任の自覚と実践」という決議をしました。
「企業は新しい価値を生み出し、雇用を創出し、人類の進歩を加速する」日本人の経営者たちです。もう一度、我々はこの高い志を深く心にとどめるべきではないか。我々は社会を進歩させるために企業人としてイノベーションを起こす義務があると、心に期すべきです。それこそが日本を、そしてその企業自身を救うことになるのではないかと思います。

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企業の本質は今も昔も変わりませんが、時代とともに"マネジメントにおける力点の置き方"は変化してきました。
日本企業の多くは、戦後すぐ「強い会社」を目指しました。それ以来、一様に「強い会社」を目指してがんばってきたわけですが、1980年代半ばになると、それだけではどうも勝てなくなってきました。そこで、第二世代「賢い会社」を目指す時代になります。規模の拡大は続きますが、第一世代に比べると多角化や海外進出などより賢くないとできないことを進めます。第一世代のときはアメリカの物まねをしているとおおよそ勝てたのですが、第二世代ではもう物まねはできなくなります。自社で「開発」を行う、頭を使う時代になったわけです。
この「賢くなろう」という時代はまだ続いています。しかし、ここ数年、その賢さの方向性が大きく変わってきました。従来とは違った賢さが求められるようになってきたのです。中国、韓国、ロシア、ブラジルなど、これまであまり戦ったことのない新興国の人たちと、ガチンコ勝負をしないといけなくなったからです。
競争の仕方が明らかに変わってきました。私はその一つの方向を「Power Smart2.1」と呼んでいます。ただ賢いだけじゃダメで、もっと骨太で強くガチンコ勝負に耐え得る、そうしたしたたかさを持った会社です。今、日本企業の6割から7割がこちらの方向に進もうとしているのではないでしょうか。社内公用語を英語にしたり外国人を多数採用するのは、パワースマートの一つの在り方でしょう。
ただ、それとは明らかに異なる方向を目指す会社も出てきました。「Sense 2.1」の企業です。パワースマートといえば、左脳(ロジカルで合理的な脳)と筋肉・体力の勝負です。ところが、Sense 2.1(センス2.1)の会社は、右脳を使い、感性を付加価値源泉に勝負しようとするものです。日本企業固有の強みとして私は「四つのK」があると思います。「快適」「健康」「きれい」「かわいい」です。これらは明らかに日本企業に一日の長があります。
しかし、実は一番大きな変化は、第三世代に向かっての流れです。志の高い会社を志向する若者が、昨今明らかに増えてきました。まだまだ一部かもしれませんが、誰もが欲しがるような優秀な学生に限って、少なくとも私の知る限りは、本業で社会問題をしっかりと解決できるような会社に就職しようとしています。ソーシャル・アントレプレナー、社会起業家とも言われますが、まさしくそちらを志向する学生が増えてきたのです。
社会全体を良くするために企業ががんばるというのは、日本の競争優位の源泉の一つです。例えば「清潔な国民は栄えるのだ」と声高らかに宣言して石鹸を作っていた花王という会社。当時の社会問題解決企業だったと思います。ヤクルトは、当時お腹をこわして死んでしまう子供が多数いて、お腹を守る強い乳酸菌を何とか広めたいと思った代田(しろた)博士が企業化しました。素晴らしい考え方です。私はこれもまた日本の進むべき一つの方向ではないのかなと思います。
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ところがそこには人材と組織の問題が立ちふさがります。多くの日本企業で「成功への過剰適応」と「ゆで蛙現象」という、二つの問題が生じているからです。「成功への過剰反応」とは、かつての成功者はその成功が足かせとなって次のイノベーションが起こせないことです。もう一つの「ゆで蛙現象」は「緩やかに起きる変化は認識しづらく、"しまった!"と思ったときにはすでにとき遅し…」というものです。このような状況ではイノベーションは起きません。
では、どうすべきなのか。そもそももう、かつての産業構造にはないわけです。そして、誰にも正解が分からないのが今の時代です。そのような時代にイノベーションを成功させるためには、小さなトライアルチームを多数作り、試行錯誤を繰り返すしかない。「多産多死」型のアプローチです。そのような中では、組織の上層部は現場で起こってくるイノベーションを支援する役割、まさにサーバントリーダーとして、その役割を果たすべきです。主役はあくまでも現場である、ということでなければいけません。
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ところが日本企業は、ここ数年間、大きな間違いを冒してきました。
「スパン・オブ・コントロール」(統制範囲の原則)という考え方を、皆さんも聞いたことがあると思います。例えば6人程度であれば十分面倒を見られるものの、これが36人になるとどうですか、当然、面倒なんか見られません。人間には認知限界があり、せいぜい10人内外の部下しか管理できないからです。それなのに、現場のフラット化は一時どんどん進められました。
組織のフラット化が進むと、現場では人材育成ができなくなります。プレイングマネージャーにされた人間はプレイすることに一生懸命で育成までは手が回りません。さらに問題なのは、現場での業務改革ができなくなることです。全員が木を見て森を見なくなるからです。業務を鳥瞰する人がいなくなり、イノベーションがまったく起きなくなる。行き過ぎたフラット化というのは、明らかにそういう問題を生じさせます。
しかも、現場がフラット化した一方で、上層部が階層化してしまった。昔、部長の上は取締役で、その上は社長でした。ところが今どうなりましたか。部長の上に何階層も設けられているでしょう。大変失礼な言い方になるかもしれませんが、当時のマネージャーたちが自分たちの既得権益を守るために、上層部を階層化したとしか思えないのです。全部現場にしわ寄せをし、そしてミドルを空洞化してしまった。こんなことでは、現場のイノベーション力を保てるはずがないのです。組織のフラット化により意思決定が迅速化するはずが、かえって遅くなっています。
今我々がやるべきことは、現場の自立性の強化とイノベーション力の強化であって、管理階層を強化することではありません。
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日本では組織長がどうしても偉くて、いわゆるプロフェッショナル人材は大切にされてきませんでした。今後はそうであってはなりません。
イタリアには「プロジェティスタ」という職種があります。簡単に言えばプロのプロジェクトリーダー屋です。この人たちが、新しいことを数多く行っている。しかもそんなに若い人ばかりじゃないのです。経験豊かな人ですから、意外と中高齢者であったりもします。中高齢ですが、気持ちは若い人たちが、若い連中の力を借りながら、新しいことをやっている。若い人に花を持たせながら、イノベーションを起こしているのです。
日本でも、現場でとにかくイノベーションを起こしていく、そういった「社内プロジェティスタ」にもっと脚光を浴びせるべきです。そして、従来の組織長にはルーティンワークと人材育成をしっかりと担っていただく。
私はミドルの本来の役目というのはイノベーションを興すことだったと思います。もう一度、このミドルのイノベーション力に注力して、現場力を活性化すること。それによりさまざまな試みをし、その中から次の日本を支えるものを作っていく。これが、私の考えるこれからの日本の企業の姿です。
[基調講演]
グローバル化経済に立ち向かうために
〜日本の産業、企業、人材に求められる変革とは〜
東京大学大学院 経済学研究科 教授
総合研究開発機構(NIRA) 理事長 伊藤元重氏
[パネルディスカッション]
日本企業に新しい仕事力を生み出すために
〜グローバル化時代の人材戦略の向かうべき方向〜
ディスカッション 1





