エピローグ プロジェクトの次のステージに向けて

「HR戦略総合セミナー2011」特別講演を振り返る

2011年6月1日、HRプロ株式会社主催「HR戦略総合セミナー2011」(会場:秋葉原UDX)のオープニング特別講演として開かれた「仕事力を生み出す組織開発の新戦略」は、200名以上に及ぶ方々にお集まりいただき、大きな熱気のうちに討論を終えることができた。

当日の講演は、労務行政研究所の原 健による仕事力プロジェクトの振り返りから始まった。日本経済の沈滞が続く背景には、日本企業の「仕事力」そのものの弱体化があるのではないか。この疑問からスタートしたプロジェクトは、今回までに、二つのアンケート、4回のインタビュー、そして2回のシンポジウムを経て、次第に疑問への回答の方向性を見いだしつつある。
グローバリゼーションという世界経済構造の変化の中における「必要とされる」仕事力自体の変化。そして、そうした仕事力を生み出していくためには、個だけに着目するのではなく、職場・企業組織自体を変革していかなければならないだろう、ということ。すなわち、組織デザイン、組織開発がなければ仕事力もない、ということである。

一方、3月に発生した東日本大震災は、産業界に大きな影響をもたらしたとともに、その未曾有の事態に直面した多くの企業・組織に、これからの在り方への再考を促す大きな契機になったと考えられる。震災から2カ月余りを経て、その影響がなお色濃い中で開催された今回のセミナーに合わせて、労務行政研究所では、震災を受けての仕事・組織の在り方に対する管理職の意識変化についてのアンケートを実施した。(詳しくは本セッションのアンケート・レポートを参照)
東日本大震災を経て、実に多くの企業管理職が、自らの働き方、そして自社の組織のあり方を「変えるべき」と感じている。その想いは、直接的な被害を受けられた方ほど強い。では、企業組織は、どの方向に変わっていくべきか。一般論としては「トップの強いリーダーシップ」を求める声が多かった反面、自社の組織についていうなら「自律的な現場」を育てていきたいという回答が多数を占めた。危機の時こそ強いリーダーシップが必要というのは、ある意味、常識的な考えである。一方、仕事力プロジェクトでは、自律した現場こそが、人材を育み、次の仕事力を生み出すカギではないか、という議論を重ねてきた。どちらが正しいのか。東日本大震災を受けてのこの問題意識が提示されたところで、特別講演は、野田 稔氏の報告にバトンタッチされた。

野田氏の報告は、「平時」と「有事」というキーワードで始まった。東日本大震災は有事である。では、震災から数カ月経ったいまは「平時」か――そうではない、と氏は言う。短期的には平時にみえるかもしれない。だが、いま私たちは、グローバリゼーションの激動の中で、日々いままでのビジネスのスタイルを壊し、新たな在り方を創造していく必要性に迫られている。これまでのやり方は続けていけない、イノベーションを起こさなければならない。この意味で、現在は、「長期にみた」有事だという。イノベーティブである、とは、常に有事の体制でいなければならないということを意味しているのだ。
では、長期の有事に対応していくためになすべきことは何か。有事に必要なのは、一方的なプロダクトアウトでも、単に顧客の顔色をうかがうマーケットインでもない。細かくセグメントされ、常に揺れ動いている市場に入り込み、その中でこれまでにない提案をしていく。一言でいえば「コンセプトアウト」。新たな概念を常に創造し、提起していくビジネスの在り方が求められる。そして、こうしたコンセプトアウトができるのは、市場に、顧客に、密着しつつ、一定の「全体像」も把握することができる自律した現場組織以外あり得ない。つまり、長期の有事対応の基本は、トップではなく現場なのだ。

小括り化した現場組織によるコンセプトアウト。しかし、これだけでは、企業組織は成り立たない。そこにはどうしても小括り組織同士の調整が必要となる。
その時に重要になるのがコミュニケーションの能力である。野田氏が、ロイヤル・ダッチ・シェルの例を挙げて指摘したのが、ボトムアップによる全体調整の在り方であった。その要となっているのが、各現場の意思決定プロセスに、別の現場のリーダーを「オッドマン」として入れ込むシステムである。これにより、各現場がその現場だけの理屈に凝り固まるのを防ぐとともに、すべてのリーダーが他の現場のオッドマンとなる経験を通じ、全体組織が柔軟に調整されていく。
蟻の集団が見事に助け合って動けるのは、女王蟻からのトップダウンによるものではない。個々の蟻同士のフェロモンによるコミュニケーションが、組み合わさり、全体としての適応行動をもたらしているのだ。ロイヤル・ダッチ・シェルのやり方、現場同士のコミュニケーション能力を向上させることでゆるやかな全体最適を達成する手法論は、この蟻の習性をモデルとして、「アントヒル・コミュニケーション」と呼ばれているという。

それではトップのリーダーシップは必要ないのだろうか。いや、明確な役割がある、と野田氏は言う。コマツの坂根会長の言葉を引いて、最後に野田氏が述べたのは、「リスクをとる」「犠牲を強いる」という二つのトップの役割だった。
いざというとき、現場が動けなければ、問題は解決しない。これは短期の有事であっても長期の有事であっても変わらない。だが、そのときに現場が迷うことがある。一つは失敗した時のリスクが現場では取りきれないということであり、もう一つが、例えばリストラで仲間を解雇するような犠牲を決断することである。この二つについては、判断自体ではなく、結果の責任をトップが取る。その方針を明確に共有しておく。
この基盤があってこそ、各現場がどこまでもイノベーティブになれる。チャレンジができる。つまり、トップのリーダーシップとは、個別の正解を示すことではなく、現場が働けるベースを作るところにあるのだ。

「仕事力と有事」に思うこと(特別講演アンケート)

特別講演に来場された方に、当日、アンケートをお願いし、今回の講演を受けて感じられたことをお寄せいただいた。回答数は、わずかな時間であったにも関わらず、全体の半数近くの139人にも及んだ。この場を借りてご協力に心から感謝したい。
回答された方のうち、78.4%が従業員数300人以上の大企業所属。役職では、役員・部長クラスが25.6%、課長クラスが31.6%と、全体の半数以上がマネジメント層ということになった。この属性に見られるように、自社でのマネジメントの状況を踏まえた実感のこもった声を多数寄せて頂いている。
以下、ほんの一部であるが、事後アンケートに上がった声をご紹介したい。

「有事」に対する組織の在り方についてお感じになられたことをお知らせください
  • ●現場にempowerすることの重要性を強く感じました。Intranetに"提案チャット"コーナーを設けたいと思いました。現場の声をすばやく集め対応することができそうです。
  • ●平時、有事でのリーダーシップの在り方、組織のあり方について参考になった。特に意思決定に対し指示を待つ自分に反省させられた。
  • ●緊急時に対応できる組織はイノベーションを起こせる組織であること。今回、自社で起こったことを見つめ直す必要があると感じました。
  • ●グローバル競争に勝ち残っていくためには、個々に自律的にあるべきと改めて思った。現場=一般の多くの社員が、いかに考えられるかが重要だと思った。
  • ●緊急時、イノベーションともに同じような能力が必要であることは新たな発見であった。今後を見据えた中での人材育成において着目していく点として具現化していきたい(教育の仕方、ビジョン的なもの)
  • ●有事のリーダーシップとミドルアップのミックスという話には共感。有事のリーダーシップを発揮できる本社人材はどう育つのかが、次の課題。
  • ●震災のように、誰の目から見ても緊急時という状況においては、自発的に対策を練ろうという組織になりやすいと思うが、目に見えにくい(見ないようにしているだけかもしれないが)緊急時に組織はどう動くべきなのだろうかと悩みが増えました。
  • ●現場の組織が判断し実行できる会社としての在り方に共感できます。そのいざというときのために、日ごろ、会社としてどのような育成をなすべきか、トップにどのようにかかわってもらうか、考えさせられました。
  • ●平時からのトップ会社としてどうあるべきかという芯の部分があってこそ有事に現場が動くことができるものだと感じました。弊社は恥ずかしながら、他部署どうしの責任のなすりつけあいになってしまいました。
  • ●講演に接し時代の変化と共に組織、人材育成の在り方、考え方の示唆を受け、まさに、同感する日常です。グローバル時代はますます拡大する一途で、全体最適の適応力に活力と意識を追加していく必要性を感じました。
  • ●トップからの方針を待っているのではダメだということがよく分かった。トライ・アンド・エラーでどんどん提案していこうと思った。パワーをいただけた。
  • ●3月の震災があったことで、「会社がよく分かった」という声を多く聞きました。緊急時に対応できなかったからこそ今考え直すべき時だと思います。
  • ●組織の在り方について再認識することができました。平時と有時の違い、ミドルマネジメントとトップマネジメントが共存できるという点を興味深く聞かせていただきました。
  • ●野田先生の講演は非常に興味深かったです。今般の震災が皮肉にも有事のマネジメントを考えるきっかけになったことは必然とも言えるのかもしれません。
  • ●個人個人が自律的に行動できる組織づくりが必要になるということは、やはり最低限の共有すべき考え方、"理念"などの浸透も大切だと感じました。

仕事力プロジェクトの次の展開に向けて

「いまは危機の時代」であり、だからこそ「有事に対応した組織が必要」なのだ。
今回の特別講演で明確に打ち出されたこの指摘により、仕事力プロジェクトの進むべき方向性がますます明確に見えてきつつある。

危機の時代だからこそ、全体を見据えた戦略を構想し、周囲を巻き込んでその戦略を実現していく「新しい仕事力」が各現場に必要となる。そして、そういった仕事力が実現していくためには、また、そのための人材を育てていくためには、何より、組織の形と在り方を考えていかなければならない。
仕事力を追求するプロジェクトは、現在、ここまで議論を進めてきている。

だが、有事に対応した=イノベーティブな組織の必要性と言っても、その具体的な姿の探求はまだこれからである。まず組織の形、デザインがある。イノベーティブであるために、そして、人材育成力を持つためには、「フラット化ではなく、小括り化」が必要。この大まかなベクトルは正しいとしても、「小括り化のスパンは」「全社が小括り化すべきなのか、一部だけなのか」「小括り化した現場をオーガナイズしていくためにはどんな制度が必要か」といくらでも論点が出てくる。
また、組織の議論に必要なのは外形的なデザインだけではない、ということにも注意が必要だ。そこには、組織に所属するメンバーをどう動機付け、当事者意識を持たせ、成長させていくかという組織開発の論点も様々に存在している。ふつう組織開発の議論は、現場へのエンパワーメントや、モチベーションの向上などミクロな分野で語られることが多い。だが、先にアントヒル・コミュニケーションの例で見たように、組織開発は多国籍企業の全世界マネジメントという最もマクロな局面においても必須の要素となっている。どの階層で、どのような組織開発が必要なのか。それは組織デザインとどのように絡むものなのか。議論は尽きない。

私たちは、こうした議論を、より具体的かつバラエティに富んだ形で展開していくことで、様々な業種業態、多様な立場で企業組織に関与されている方々に役立つ示唆を提供していきたいと考えている。このために、仕事力プロジェクトでは、現在、野田 稔氏をはじめとするキーパーソンの方々に参加していただき、多彩な視点から「新しい仕事力を生み出す組織の在り方」を議論する仕事力会議室(仮)を、WEB労政時報のサイト上で展開することを企画している。
会議室という名称が示しているように、キーパーソン同士のディスカッションを中心としつつ、興味・関心を持たれる方が幅広く参加していただけるやり方を提供していく予定である。今後とも、是非とも、仕事力プロジェクトにご期待いただき、可能であれば、私たちの議論に直接参加していただきたい。
多くの方々とともに「日本の新しい仕事力」を生み出していきたい。それが私たちの想いである。

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