プロローグ 仕事力を生み出す組織 これまでの「仕事力プロジェクト」研究から見えてきた変化の方向性 (財)労務行政研究所「仕事力」プロジェクトリーダー 原 健

〜はじめに〜

「新しい日本の仕事力を生み出そう」プロジェクトでは、昨年11月の労務行政研究所80周年記念シンポジウム(session3)、本年2月の日経ビジネスイノベーションフォーラム(session5)の2回にわたり、調査・研究成果の発表と併せて、人材の「仕事力」を巡る現状や現場における人材育成の課題等について、研究者や実務担当者の方々とのディスカッションを行ってきた。
前回、session5の結びで触れたように、これまでの研究から、いま現場で求められている人材の「仕事力」――戦略力とチーム力を組み合わせた現場経営力を高めていくため、育成の土壌となる現場組織の今後の在り方、見直しの方向性を考えていくことが大きなテーマとして浮かび上がった。
人が育つ"経験とコミュニケーションが豊富な現場"を作るうえで、いま企業が直面している課題とは何か。メンバーが持てる力を発揮し、自律的に機能する"強い組織"には何が必要なのか。このテーマへ向けて歩み出したまさにその折り、日本の社会全体に未曾有の被害をもたらした不幸な大震災が列島を襲った。被災地のみにとどまらず、社会・産業界全体がかつて経験のない混迷へと陥る中、いくつかの企業・組織は機敏かつ応変の対応を図り、人々からの称賛を集めた。ここで改めて、"いざという時"に現場が主役となって力を発揮できる組織とはどのようなものか――が問い直されようとしている。

今回、私たちのプロジェクトでは、こうした組織づくりの視点から「仕事力」を生み出す取り組みについて議論を深めるため、6月1日に秋葉原UDXで開催されたHRプロ株式会社主催の「HR総合戦略セミナー2011」で、これまでの論点整理および組織開発の方向性についての講演・ディスカッションを行った。講演およびディスカッションでは、2月の日本経済新聞社共催シンポジウムに続いて、明治大学大学院の野田 稔教授にご登壇いただき、ご自身の研究と豊富な経営コンサルティングの経験からみた、組織変革の方向性について語っていただいた。
また、今回のシンポジウムに先立って、プロジェクトでは「震災の経験が、マネジメント層が考える組織の在り方にどのような変化をもたらしたか」を明らかにするため、WEBアンケートを実施した。その一部を今回の講演で紹介しているが、より詳細な集計・分析結果を後段で紹介するので、ぜひご覧いただきたい。

仕事力を生み出す組織 これまでの「仕事力プロジェクト」研究から見えてきた変化の方向性

「仕事力」プロジェクトの問題提起

(財)労務行政研究所「仕事力」プロジェクトリーダー 原 健
(財)労務行政研究所
「仕事力」プロジェクトリーダー
原 健

私たち労務行政研究所は、1930年から人事・労務関係の調査研究機関として活動を始め、昨年7月に創立80周年を迎えました。この節目を機に、これから人事部門や経営マネジメント層が考えていくべき人材にまつわるテーマについて、継続的に研究を行うプロジェクトをスタートさせています。そのテーマとは、いま多くの企業が課題として注目している人材育成。プロジェクトでは、これからの人材に求められる「仕事力」をキーワードとして、昨年から研究を行ってきました。

今、世の中では大きな変化が企業を取り巻いています。グローバリゼーション、そして働く人々の価値観やワークスタイルの変化。さらに、不幸な大震災に見舞われ、日本企業はかつて経験のない厳しい環境に置かれています。新しい成長を目指していくために今、何が求められるのか。一番重要な経営資源は、やはり「人材」です。これにはどなたも疑いはないことと思います。

そこで改めて考えてみたとき、皆さんの職場の中では、いま人材はうまく育っているでしょうか? ここ最近、私たちが取材や調査を通じて接する多くの企業で、こうした"人の育成"に関する問題意識がさまざまな形で浮かび上がっています。
では、これからの企業の成長を支えていくために、どのような形で人を育てていくべきか、どのような能力を育んでいく必要があるのか、そのために組織はどのように変わっていかなければいけないのか――ここが問題提起のスタートです。

今求められる「仕事力」とは −全体を見通し仕事をプロデュースする力

かつて、そして現在も、多くの企業で職能資格制度という能力を処遇の基軸に置いた仕組みが採られています。職能資格の等級基準には、各社が考える職務遂行能力の視点から見たキャリア・プロセスが示されている。そのプロセスを勤勉に働きながら登っていく、その登る速さの度合い。あるいはそのプロセスで身に付けた専門性に秀でた部分――そうしたものがこれまで"個の力"の優秀性と見られていたと思います。果たして今日、企業と現場を取り巻く環境が大きく動いている中でも、やはり変わらずこうした能力に大きな価値が置かれているのでしょうか。もちろんこうした能力発揮が大事であることに変わりはないと思いますが、改めて今、どんな「仕事力」が求められているのか。私たちはアンケートで具体的に尋ねてみました。

人事担当者を対象に行ったアンケートでは、「若手から一人前になる段階で求められる『仕事力』というのはどういったものでしょうか?」と尋ねてみました[図1]。

[図1]いま何が求められているのか?

自由記入でいただいた答えをまとめたところ、多く挙がったのはグラフにみるように、「全体把握力」「関係調整力」の二つです。つまり、全体を見渡して仕事をプロデュースしていく、ある意味での「経営力」。多くの人事担当者は、そうした力が強く求められるという見方でした。
同じような質問で、人事担当ではないビジネスパーソンへ尋ねてみたところ、一番多く挙がったのは「戦略力」という答えでした。全体と先々を見通しながら、仕事をプランニングして遂行していく力が大切である――という見方で、人事担当者の考えとほとんど差がないことがここから分かりました。
こうした"仕事をプロデュースしていく経営力"ともいうべきものが、今求められる「仕事力」であると考えた場合、それを身に付けるには何が必要でしょうか。大切になるのは、社内外とのコミュニケーション、さまざまな仕事の経験、時には失敗の積み重ね、そこで自分を取り巻く人から教えられ、教え合う経験――そうした機会に多く触れられる職場環境が不可欠と思います。ビジネスパーソンへのアンケートで、「あなたが考える『仕事力』を身に付けるには何が必要か」という質問でも、「コミュニケーション量の多さは、高い仕事力を生み出すベースとなると思う」という答えが7割超に上っていました。

ビジネスと企業組織の構造変化が「仕事力」の変化を後押ししている

では、なぜこのような「仕事力」が求められるようになってきたのでしょうか。おそらくこれまで、「仕事をプロデュースしていく力」や「全体を見渡して仕事を回していく力」というのは、もっぱら現場リーダー以上の層に求められていたものと思います。それが今は、アンケート結果に見るように、かなり若い世代にまで広くこうした能力発揮が求められていると言えるでしょう。
その背景として、二つのポイントがあると思います。一つはこれから企業がチャレンジしていかなければいけないもの。それは今置かれているビジネス環境の大きな変化です。そしてもう一つは、これから企業がどうにかして改善していかなければいけないもの。それは、組織がいま抱えている内部的・構造的な問題です。

まずビジネス環境の面からみると、かつて日本は製造業を中心に、非常に集約された効率的な生産設備と経営方式を駆使して高い収益を上げてきました。そしてご存じのとおり、こうしたビジネスモデルはグローバリゼーションの中で強力な海外との競争にさらされ、そこで勝ち抜いていくことはとても難しくなっています。では、日本企業が勝ち抜いていく手立てはどこに見いだせるのか。一つは、全体のプロセスの中で「川上」に当たる研究開発の部分で、いかにユニークな商品やサービスを生み出していくか。もう一つは、プロセスの「川下」の部分、顧客とのインターフェイスの中で、どうやって新しい商売のビジネスモデルを築いていくか――こうした点が重要なポイントになってくるのは間違いないと思います。いずれもルーティンワークでは乗り切ることができない。現場の人たちには、ノン・ルーティンの仕事・働き方でどれだけ能力を発揮できるか、ということが強く問われてくると思います。

[図2]何が変化を後押ししているのか?

また、新しい分野を拓くチャレンジは、当然ながら必ず成功するとは限りません。不確実性の高いビジネス環境の下で、チャレンジを重ねて数多くの失敗の狭間からわずかの成功をすくい取り、新しいイノベーションを生み出していく。そのために、企業や組織、そして人材が積極的にチャレンジを続けていくような体制を作っていかなければならない。そこで求められるのがまさに戦略性であり、創造性です。
「選択と集中」という言葉が長く、強く言われていますが、その「選択と集中」の連続を通じてイノベーションを生み出していくために、どうやってリソースをうまく活用していくか。リソースの中ではもちろん、モノやお金も重要ですが、何より人材をどう活用していくかというところが、最も大きなポイントになってくると考えます。

一方、組織構造の面でもさまざまな課題が見て取れます。例えば、バブル崩壊以降の長期にわたる採用抑制で、組織の人員構成がいびつになり、リーダーとメンバーとの年齢差が広がってコミュニケーションギャップの一因になっているケースもあります。また、89年にトヨタ自動車が取り入れた「組織のフラット化」がデファクトとして広がった結果、大括りのフラット組織の中で、1人のリーダーに対して非常に多くのメンバーがぶら下がっている例も多く見られます。こうした中で、リーダーには過重な業務・役割が集中し、とても人材の育成までは手が回らない。結果として、職場の中でコミュニケーションや経験を重ねる機会が乏しくなり、そのために「仕事をプロデュースする力」を育む機会そのものが減ってきているのではないか、と私たちは考えています。

大震災の経験は、人々の「組織観」をどう動かしたか

こうした変化により、いま多くの現場・組織が自律的に機能しづらい、あるいは人が育ちにくい状況に陥っている。そこでどのような変革にチャレンジしていかなければいけないか――というのが、私たちの仕事力プロジェクトで、この2月に行ったシンポジウムまでに議論してきた大きな課題でした。
そして3月、大変不幸な大震災が起きました。
今回の震災に遭われて、本日お集まりの中でも、今なお復旧や復興の取り組み、現場への対応に追われている方もいらっしゃると思います。我々も心からお見舞い申し上げたいと思います。
私たちは今回の震災での経験が、"非常時に強い現場"の在り方をもう一度考え直す、あるいは組織の中での個人の働き方を見直す契機になるのではないかと考えました。
震災後の新聞やテレビの報道では、現場の自律的な判断と行動で、いち早く被災地に物資を届けた伊藤園やヤマト運輸の取り組みがたびたび紹介されました。また、オリエンタルランドの素早い対策本部の対応や、「何がお客様に必要か」を現場の人々が自ら考え行動して2万人に上るゲストのヘルプに当たった対応の素晴らしさは多くの人たちに感銘を与えたことと思います。このように機能した現場、あるいはうまく機能できなかった現場の姿に接して、人々は組織の在り方についてどのような考えを持ったのだろう――という視点からアンケート調査を行ってみました。

アンケートは、全国の課長クラス以上の管理職層を抽出して行いました。設問の中で、震災の経験や報道に接して、「これからの職場の在り方について、どのように考えたか」を尋ねているのですが、ここで特徴的なのは、「自分の職場が直接大きな被害や影響を受けた」人たちが、特に強く"職場の在り方を変えなければいけない"という意識を持っていることで、そのように答えた人の割合は約63%に上っています[図3]。

[図4]”強い現場”を問い直す(1)

また、「自分の職場は直接被害を受けなかったが、別の職場が被害を受けた」という人たちも、やはり6割近くが「今の職場の在り方を見直さなければいけない」と答えています。

もう一つ、「"いざという時に強い組織"の基本とはどのようなものか」を尋ねた結果では、「トップの強いリーダーシップ」が最も多く挙がっていました[図4]。

[図4]”強い現場”を問い直す(2)

これは自分の被害の度合いにかかわらず高い割合となっているのですが、同じ回答者の自由記入をみてみると、「権限委譲」や「自律的に動ける職場」「現場の判断でより有効に機能できること」などの答えも多く見られました。つまり、一般としては「トップのリーダーシップ」が重要とみる一方、"自分の職場のこと"として考えると「自律的な現場」が重要と考えているものと思われます。
また、全体でみた平均値と、「自分の職場が直接大きな被害や影響を受けた」人たちの回答を比較してみると、「現場を牽引していくミドル層の力」「現場での判断基準の共有」「組織の壁や慣習にとらわれない柔軟性」「他の現場を巻き込み、動かせる調整力」などの項目で、「直接被害を受けた」人たちの割合が、平均値を相当上回る傾向が見て取れます。
総じて、ここに挙がった回答から、「これからもっと現場が自立的に機能していかなければいけない」「現場同士がうまく結び付いて機能していかなければいけない」、そのためには「これまでの壁を乗り越えていく必要がある」という認識が浮かび上がっていると思います。

これからの「自律的な現場」づくりの方向性−大括りのフラット組織から機能する小括り組織へ

アンケートを踏まえて、これからの方向性を整理すると、やはりポイントは「どうやって自律した現場」を作っていくか、ということです。
震災とグローバリゼーションを単純に重ね合わせるのは、やや不適切かもしれませんが、不確実性が高い今の経営環境は、常に"いざという時"に置かれているのと同じ状況ではないかと思います。そこで成功の芽を見つけてイノベーションを生み出すためには、チャレンジを繰り返していくしかない。経営資源を有効に活用しながら、選択と集中、組織のスクラップ&ビルドを積み重ねていく必要がある。それに対応できる組織の姿、変わるべき方向性というのは自ずと見えてくる気がします。
もう一つ、人材育成という観点から、先に触れたような戦略性やプロデュース力を高めていくためには、コミュニケーションと経験の積み重ねが欠かせません。その機会を生み出す土壌となる組織・現場を活性化していくためには、いま疲弊してしまっている現場リーダー、言い換えるとミドル層の人材の力が、非常に重要性を増してくると思います。

[図5]これからの組織デザインの方向性を考える

こうした二つの視点から、これからの組織開発への仮説を考えるならば、フラットな大括りの組織から、自律的に機能する小括りの組織への変革が一つの流れになるのではないでしょうか。ミドルを中心に活性化された小括り組織が、お互いに結び付き合いながらチャレンジを繰り返し、そしてスクラップ&ビルドを経て新しいイノベーションを生み出していく。こうした構図が、ビジネスにおいても、人材育成においても重要になってくるのではないかと考えています。
そうした変革の中で人事部門、さらに経営企画部門はどのような役割を担っていくのか。例えば、組織同士を結び付けるネットワーク作りや個々の組織の活性化、リーダーへの支援、さらには経営層からのコミットメントの在り方まで。いままでの考え方ややり方をどう変えていくべきかを考えることは大きな課題になると思います。

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