特別講演/ディスカッション イノベーティブで危機に強い組織を目指して 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏

「平時」とは発想を変えなければならない

明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏
明治大学大学院
グローバル・ビジネス研究科 教授
野田 稔氏

「イノベーションの状況においても、危機の状況においても、組織が直面する環境は似ています。それは一言でいえば「有事」の状態です。同じく「有事」への対応力が問われるという意味では、イノベーティブな組織は、同時に、危機にも強い組織であると言えるでしょう。
「平時」に強い組織とは、効率性の高い組織のことです。そこでは、無駄を削ぎ落とし、よりの多くの成果を上げることが追求されます。しかし、「有事」では効率性ではなく、むしろ「効果=effectiveness」の大きさが重要なカギを握ります。無駄の有り無しではなく、「意味のあることがなされているか」が事の成否を分けるのです。つまり、効率と効果とでは、取り組み時の発想を変えないといけない。効果と効率を同時に追求することはできないのです。
日本企業が直面している環境はまぎれもなく「有事」です。有事には、「短期的な有事」と「中長期的な有事」があります。今回の東日本大震災は、多くの企業が緊急の対応に迫られた短期的な有事です。
では、この短期的な有事が一段落したら、我々は「平時」に戻れるかというと、答えは「否」です。今回の震災に見舞われる以前から、すでに日本企業は、中長期的な有事の環境に置かれているからです。日本という国は大きく変化を強いられていて、緩やかな大変化を起こさなくてはならないという状況にあります。要するに、イノベーションが求められているということです。
高度成長期、かつての構造の下で、我々は「やるべきこと」が分かっていました。だからこそ、組織は効率を追求できたのです。つまり「平時」でいられたわけです。それが今は、やるべきことが分からない時代、すなわち、組織が効率のみを追求することができない時代になっています。

低リスクでトライ&エラーを重ねられる組織が生き残る

やるべきことがはっきりと見通せない現状では、何をすべきかを選び出す「選択力」をつけることが必要です。求められるのは、次にあり得るべき可能性をできるだけ多く見つけ出し、可能な限りリスクを低くしつつ、トライをし続ける組織です。このような低リスクで高効率なトライ&エラーができる組織しか、勝ち残れない時代になっています。
当然、一つの会社の中でも、いろいろと取り組むべきことが出てくるはずです。昔の企業のように、「これだ」と決めたら後は遮二無二やるというスタイルはなじみません。そうではなく、とりあえず、あれもこれもやってみること。しかし、ただダラダラと続けるのではなく、経営がきちんと進捗を見極めながら追加投資をするかどうかを決めるというスタンスが、今は適しています。
「3M(スリーエム)」という会社の組織構造は大変興味深いものです。既存のビジネスは、コツコツとコストを切り詰めながらしっかりと取り組んでいます。真面目に平時のマネジメントをやっているわけです。しかしそれと同時に、来るべき危機に備えて、平時のピラミッド組織の上に、有事のアメーバ組織のようなチャレンジチームをたくさん設け、新たな商品アイデアのネタを探しています。いわば二つのレイヤーを持った組織構造をつくっているのです。
「既存ビジネスをやめて、全員で新たなことにチャレンジする」のではないのです。そんなことをすれば、会社はつぶれてしまいます。既存ビジネスは残したうえで、次の事業の可能性を担保できるようなデファクト候補に小さなチームがたくさん張り付く組織構造が求められるということです[図1]。

[図1]それぞれのデファクト候補にチームが張り付く

小括り組織が「顧客」との対話を通して新たな価値を生み出す

そして、こうした小括り化された集団・組織それぞれが「顧客」にぴったり貼り付かないとこれからの商売は成り立ちません。
「プロダクトアウト型」の組織は、やることが決まっていた平時に強い効率的な組織です[図2]。上位が戦略を策定し、下の人間がそれを効率的に遂行する。このようなプロダクトアウト型組織が通用する産業領域や国が依然として存在していることも事実です。ただ、日本ではもうそれは通用しません。
1980年辺りから「マーケットイン」ということも言われました。プロダクトアウト型のピラミッドを逆さにしたのですが、戦略策定と実行が組織の上位と下位に分かれていたという点で、プロダクトアウト型の組織構造と基本的には変わりませんでした。
ところが、1990年代終わりから2000年に入るころ、時代が大きく変わり始めました。消費ニーズが飽和し、欲しい物がない時代になったのです。では、本当に何も欲しくないのかといえば、そうではありません。潜在的に欲しいものはたくさんある。これを各々の現場が顧客との対話の中からかぎとって、「もしかしてこんなものが欲しいのでは?」という仮説を立てて提案し、「ちょっと違う」と言われれば引っ込めて、再び顧客と対話を繰り返しながら正解を探っていく。このようなトライ&エラーをハイスピードで回せる組織や人たちが次のヒット商品を生んでいくわけです。私はそのような組織のことを、「コンセプトアウト型」の組織と呼んでいます。
この組織形態では、まさに主役は現場であり、トップの主な役割は「サーヴァント・リーダーシップ」という言葉に象徴されるように、現場に対して支援をしていくことにあります。現場が生の情報を元に、発想豊かに次を考えるという組織が、強い組織になってきたということです。

[図2]フロントエンドエンジニアリング(顧客接点へのエンパワメント)の組織戦略

現場の議論を集約して調整する内部構造を備えること

小括り化された組織が、顧客との対話を重ねながらトライ&エラーを繰り返す。一方、経営には、その中からどれかを選んで次の柱に育てるという意思決定を行うこと――「選択と集中」が求められます。そこでは、並列した小括り組織の衆知を集めて、議論を集約し調整する機能を要します。ただ、これは容易なことではありません。
古い例になりますが、ロイヤル・ダッチ・シェル(編注:現在、世界第2位の石油エネルギー企業であり、スーパーメジャーのうちの1社)の"アントヒル・コミュニケーション"という手法が参考になります。アントヒルとは"アリ塚"のことです。

かつて私は、シェルの経営戦略についてインタビューする機会がありました。緻密な明文化された戦略が作られていると考えていたのですが、インタビューしてみると、実はそうではありませんでした。地域経営計画も将来ビジョンも「ない」と言うのです。では、どのように、多国間にまたがる広範囲の企業グループを運営していたのか。そこで出てきたのが、アントヒル・コミュニケーションだったのです。
同社は、本社の持つ、「どこかの国のローカルな価値観」を強制することはあってはならないと考えていました。それぞれ環境が大きく異なるような世界中に広がった組織をまとめ上げるには、それは現実的ではないという考えも背景にありました。
アントヒル・コミュニケーションでは「将来、シェルはどうあるべきか」を社員同士が議論します。議論の場を世界中のグループ企業内に意図的に作り出し、自社グループの将来像を社内で語り合うコミュニケーションを重ねていく。その中で徐々に意見が集約されてきます。最終的に皆が考える方向性を経営陣が感じ取り、そのうえで戦略を出していたのです。言ってみれば「ミドルアップ&ダウン」によって、議論を集約し、調整していたわけです。
ちなみに、アリは、例えば砂糖を探しに行く時、女王アリの具体的な指示を受けて砂糖のある場所に向かっているわけではありません。砂糖を見つけたアリがそれを隣のアリに話をし、そのまた隣のアリに伝えていくなどとしていくうちに"アリの道"として収斂されていきます。それと同じような構造を持つコミュニケーションであることから「アントヒル・コミュニケーション」と呼んだのだそうです。
さらに、シェルでは「オッドマン(ODDMAN:その場の常識を知らない半端者)」という興味深いシステムも持っていました。これは、各領域/各地域のマネジメント会議に、常にそこに関係のないメンバーが一人だけ入る、という制度です。例えば極東地域のマーケティング会議には、北欧の製油所長がオッドマンとして入る。あるいは、逆に、石油資源の開発会議に南米の営業所長が参加するのです。
似たようなカルチャーの人の集まりでは、簡単に答えが出る。ところがそれは他のカルチャーの人から見ると「なぜ?」ということがたくさんあります。そこでオッドマンの役割として、議論に待ったをかけられるのです。オッドマンに「なぜ?」と問われたら、会議の参加者は、オッドマンが納得するまで説明する義務を負っています。

このように、シェルの組織は、現場の議論を集約して調整する内部構造を備えていたのです。組織の小括り化を進めても、こうした構造を併せ持たなければ、「強いイノベーティブな組織」にはなり得ないということです。

「トップダウン」と「ミドルアップ&ダウン」は共存し得る

最後に一つだけ付け加えたいことがあります。本当にボトムアップだけでよいのかという問題です。先日、コマツの坂根会長とお話をしたとき、坂根さんは次のようなことを言われました。
「平時はミドルアップ、ミドルダウンでよいが、危機に際してはトップダウンも必要である」
「トップにしかできないこととは、リスクを取ることと、痛みを伴う犠牲を強いることである」
「自発的に考えさせることと、やり方まで指示すること。両方ある。この切り分けは実に難しい」
すなわち、有事におけるトップダウンというのは、一言で言うと、リスクへの不安に悩む現場に対して「考えさせるが迷わせない」「熟慮させるが困らせない」ということと言えます。トップダウンというのは何も、「お前たちは考えるな。すべて俺に従え」ということを意味しません。「お前たちに任せる。ただし、責任は俺がとってやる」というトップダウンもあるということです。
私はこうした「トップダウン」と「ミドルアップ&ダウン」はそれぞれ役割を分担しながら共存し得ると思っています。トップがいなくてもいいミドルを推奨しているのではないということです。

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